おるがにすと・クロニクル Chronicle of an Organist

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都立国立高校

都立なのに、国立(こくりつ)ってどういうこと?!

と、東京都内、武蔵野出身でない方から見ればわけのわからない高校の名前です。

でもこれは、国分寺市と立川市の間に作られた街だから、それぞれの最初の漢字を取って、

くに・たち

になったという、なんとなく不思議な名前の由来です。

その街の高校だから、くにたち高校。

それが、都立だから、とりつ・くにたち高校になってしまったわけです。

わたしは、その上、こくぶという名前なので、(国分寺の出身ではないのですが)余計ややこしいのですが…

さてこのクニコー。私が幼稚園に通っていた頃、幼稚園の通学時間は大人の足で1分でした(家をでて、角をまがると幼稚園)。そこを、毎日走りながら通り過ぎる人々がいました。

それも、

くりぼ〜!!!ふぁいとぉ、ふぁいとぉ、ふぁいとぉ〜」

と全員で叫びながら(と、私たちの耳には聞こえた)。

これが私の頭に国高が刻み付けられた最初の記憶です005.gif

子供にしてみれば、「この人たちは何故、叫びつつ、走っているのか?」
と謎だったに違いないのですが、私は、「たけや〜さおだけ〜」の、不思議なダルいような夏の夕方のスピーカー声と共に、「街にはそういう声が聞こえる時間がある」ぐらいに受け止めていました。

わたしには、可愛いリスの双子のような、年子と3歳下の弟たちがいたので、

「K君S君くりぼーきたよ!」

と呼び集めて、国高バレー部女子(か何かわかりませんが)の行列が走り去るまで、洗面所の窓から見物したものです(ほぼ毎日)。いやいや。暇でいいなあ…


さて、長じてくりぼー、もとい、くにこーに壁を登って侵入すると走って5分(最短距離)という、通学時間が稀少に節約出来る学生生活を送れたお陰で(普段は、歩いて15分かけて堂々と正門から通学していました。念のため。)、帰宅後にピアノとオルガンの練習ができたわけで、そこに家がありそこに高校があったという地理的な幸運なしに、私のその後のキャリア(と言うとおおげさですが)はあり得ませんでした。

その高校のとなりにあった中学校(そこも走って6分)で、新入生歓迎会の時に、陸上部に勧誘されて放課後走り始め、高校に入ったあとも、中学校と高校が一緒だった先輩にそのまま陸上部加入を即決され(腕をひっぱってつれていかれた)、ひきつづき800メートルをやった3年間でもあったので、弟たちには「お姉ちゃんついにくりぼーになれたね!」と言われた…かどうかは忘れましたが、陸上部は絶対に声を出しながらは走らないということをそこで学びました。なぜかというと一秒でも速くたどり着かないといけないからでしょうか?

国高は随分大きな高校で、当時50人ひとクラスで各学年10組までありました。
クラスはきっかり女子25人男子25人。

ここまで書いて、「学校の先生方はややこしいことは嫌いだったのかな」と思う位、わかりやすい構成の学校でした。クラス替えも3年間なし。校則もなし。そんな中、勉強以外の行事は盛りだくさんで、今振り返ると

ほんと飽きなかった

これが私の高校の印象です。

でも、このブログで今日述べたい事は、そんなクリボー伝統にかいま見られるような「運動の盛んな」高校だったのに、そんな荒々しい人たちの芸術面はどうするのか?を考えた人がちゃんといた、ということです。

芸術は、音楽、美術、書道の3つから選べました。なんとなく、ここにも「適当」感があります(この、適当、は、悪い意味での「いいかげん」ではなく、「良い加減」という意味です)が、まあ、「好きなのひとつ選んで3年間やりましょう」と。

その音楽の人を中心に、芸大出身でテノール歌手だった当時の音楽教師、森先生は

「毎年ベートーベンの第9を演奏会で歌う」

ということを一年の目標にしていらした。たしか、やりたければ、美術、書道の人も参加できました。実際には、3年間に一度参加する、という決まりだったと思います。第9シンフォニーの、最後の楽章まで、黙ってじっと立って舞台で我慢する、ということや、ドイツ語の意味は全くわからなくても丸暗記すれば歌える、ということもそこで学びましたが、音楽の授業の中でも「先生がつまらない事はやりたくない主義」のような空気があって、景品が出る作曲コンクール!とか、いろいろありました。

そのコンクールは毎年ではなかった記憶があるのでその年たまたまだったのかもしれませんが、

「陸上の試合があるため忙しいからソナタが一楽章と二楽章の半分しかできてないけど弾きます」

と言って、音楽室のグランドピアノをばーん!とフタ開けて練習もなしに(うわ、音でかい!と思いながら)一楽章「半」だけ弾いたイ短調のソナタ第1番という作品で(桃代作品番号Op.1)見事第3位に輝き歌舞伎の絵がプリントされた黒いTシャツをいただきました(よく覚えてるなあ)。

それ以降作曲というようなものは、和声や対位法の宿題以外したことがないので、Op.1で、既に未完成という、考えたらすごいキャリアですな。

さて第3位をもらって味をしめたのか、前後ははっきり思い出せないのですが、この森先生のところに行って、「音楽の道に進みたいんですが…」と、かたまりつつある夢を述べたのです。私のピアノの先生は私には期待していなかったようだったので、言い出しかねたのか、まず森先生に「ピアノじゃなくて、パイプオルガンをやってみたいんですが…」と、まだ弾いた事もない楽器なのにお願いして、国高出身の先輩を紹介してもらいました。芸大で作曲を勉強していた方で、その方にオルガンの先生などを紹介していただいて、オルガンを始める事が出来たのでした。

思い出話、長くなりましたが、国高はとにかく人数が多かったのとクラス替えがなかったのとで、いまでも同窓会と言っても知らない人の方が多い学校で、同窓会会報を読むたびに「自分の学校なんだけど知らない学校みたい〜」と思っていました。そこに演奏会のお知らせを載せたらいいんじゃない、と家族には言われてもなかなかお願いしづらかったのを、今年は気合いを入れてメールでお願いし、同窓会担当の方のスピーディな対応で、国高同窓会サイトに告知していただけることになったのです。

国高同窓会サイト、どなたでも見られますので、ぜひクリックして見てみて下さいね!森先生亡き後も続けられている第9演奏会や、甲子園にも出場した野球部の近況、毎年はげしく盛り上がっていると思われる秋の文化祭…なかなか楽しそうです。

国高、ありがとう!

国高同窓会ツィッター
の方の告知も、ツイッターをしている方は、リツイートしていただけたら嬉しいです!

















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# by momoyokokubu | 2013-03-26 22:51

冬の終わりー娘のチャレンジの顛末

この、しゅろの日曜日の週末は、イエスの受難の聖書の箇所をミサの間に既に全編読み込みます。

わたしの働いている教会では、近所の3教会と合同なので、しゅろを振り、歌いながら外を行進するのに30分ぐらい歌い続けなければなりません。そのあと行進より早くオルガンに駆け上がり、教会堂で待機している(主にお年を召した)会衆の方達と、声を合わせる伴奏にすみやかに移らなければなりません。そして、行進の間音程が下がらないようにしなければならないのですが、いくら頑張っても音程は狂います。それにオルガンは438ヘルツだし〜(音叉は440のか415のしかないので)。。。

うちは夫も別の教会(大聖堂)でいろいろ弾かなければならないので、この週末から来週の復活祭まで、まいにちまいにちまいにちまいにちそれぞれ教会に行くことになり、結構てんやわんやなのですが、…

お庭にクロッカスが咲き始めたり、少しあたたかくなって来たりして、普通は「イースターもうすぐだ、うれしい〜」という気分が高まるのに、今年は、驚くほど寒い毎日が続きます。

今も、わんさか雪降ってるし。。。

クリスマスはやや暖かかったので、

Noël au balcon
Pâques au tison!

の言い伝え通りらしいです(「クリスマスがバルコニー(に出られる位あたたかいという意味)だと、イースターは暖炉前」)。

しかし、来週の日曜日の朝3時に、一時間早くなる「夏時間」が迫っています。
雪の次の週が夏、って…。
イースターのミサに、みんな遅刻しちゃうんじゃないかという、今年のカレンダーです。

さてあと10分しかないので今日は短くしか書けないのに、やっぱり書いておきたいと思い、筆を執りました(執ってないけど!)。

娘のチャレンジ、ヴァイオリン初コンクールのお話です。

コンクールでは、家から1時間の場所だったのですが、早めに着いたとはいえ、いきなり
「名前の順行きます〜」
と言われ、かわいそうにアルファベットでDの娘は一番先に弾く事になっていました。

どの曲も、先生の指示通り、毎日毎日メトロノームで速いテンポで弾けるように練習していたのが裏目に出て、ひとつひとつの音を大事に弾くというよりは、あがってしまい最初の無伴奏2曲は倍速?!みたいなテンポで弾いてしまいました。

わたしが伴奏した曲は、テンポは私が設定できたので、落ち着いて弾けましたが、なにしろ娘のレベルにはまだまだ超絶技巧(と私には思える)な部分があるので、これからの課題はいろいろ残りました。

でも、先生の指示通り、朝6時に起きてメトロノームに合わせて雨が降ろうが風が吹こうかという感じで速いテンポで練習したので、暗譜の間違いをせず、止まる事もなく、集中力も切らすことなく、弾ききれました(先の文章とは真逆のことを書くようですが)。

でも、やはり、決勝には進めなかったので、こういう体験は精神的肉体的にどっと疲れが出ます。

台所で、私が料理している横で、娘が再びヴァイオリンを手にして弾き始めたのはきっかり1週間後でした。そして先生は当日来られず、その後現代ものフェスティヴァルで彼のカルテットが仕事がたくさんあったので会えなかったのですが、なんとか娘からメールを書き、お礼と課題について振り返ることができたのも10日後でした。

そして2週間後の今日、「ブランチ食べよう」と言って、ゆっくり起きて、パンケーキを焼いて食べている娘。実は、コンクールの当日の朝、好きな物を作ってあげたくて、日本式のふかふかのホットケーキを私が焼いたのです。そのあと、ホットケーキ見るとコンクールで辛かった事をわたしも娘も思い出してしまいそうで一度も作りませんでした。でも、今朝は、私たちは先に起きていたので娘ひとりでブランチしていたのですが、「あのさ、日本のホットケーキのレシピ見ていい?」と訊くので、日本語で書いた物を出して、ちょこちょこと翻訳してあげながら(湯煎って何?とか、)自分でおいしく作れたみたいです。

わたしも娘もハッキリ言ってほとほと疲れた〜という気分だったのが、「やっぱり頑張ってよかったな〜」という気持ちになりつつあり、この2週間ふたりとも疲労で涙もろくてずいぶんけんかしてしまったのですが、

ホットケーキ見ても、もう辛くなくなったんだから良かったワ

と、まあ、結論付けられたようで。

応援して下さった皆さん有り難うございました。

先生に送ったメールの最後に、

「当日はうまく弾けなかったけれど、そこまでの過程が貴重だったことは、自分でもはっきり感じます。」

と娘が書いていた事が、母の喜びでした。











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# by momoyokokubu | 2013-03-23 22:25 | 家族生活

4/15予習編その3

その1その2にひきつづき、その3、行きます。

4月15日の武蔵野市民文化会館での演奏会の3曲目は、ついに出ました、バッハの


トリオソナタ第3番038.gif!!!!


なぜこんな「まわりくどい」ことをしてるんだろう、という気分にならないでもない、私の
「トリオソナタCD」シリーズ。

バッハが書いた、6つのトリオソナタのひとつひとつを一枚一枚別のCDに収めるということを思いつき、ソナタごとに一番ぴったりなオルガンに行って隔年で録音し、一年後に隔年でリリースして行くという…それも自家製で…製作にはお友達大集合で、写真、グラフィック、録音を手伝ってもらって…日本では流通もしていただいて…ああ、そう書いていると夢のような企画ですね…感動して来た…


みなさんご協力ありがとうございます!!!

うるる007.gif






話が逸れました!

いや、普通のオルガニストの方々は、一台の、「これだ!」というオルガンを見つけたら、そこに幾晩かこもり、6曲のトリオソナタを、一曲ごとに3楽章あるのを、全部でまあ18楽章になりますよね、それをですね、ほんの数日のうちに!全部!録音しちゃってですね、2枚のCDとかにして、録音したその同じ年のうちにリリースしちゃったりするわけですよ!

凄いですよね!

素晴らしい事です001.gif
そのCD一箱(というのかな)買ってしまえば、珠玉の、バッハのオルガントリオソナタ全曲を一生楽しく聴ける、という!

あ、今日の主題からまた逸れました〜

でも、話がそっちに行ってしまったついでにお話しすると、私が高校生の時に初めておこづかいを投資して購入した最初の「カセットテープ」こそが、トン・コープマンの弾いた「6つのオルガントリオソナタ全集」でした。カセット1本の表と裏で全部入っちゃっていたと思います。えっ…一本のテープ?…ものすごく速いテンポで弾いていたから可能になったのか?…カセットってそんなに長時間のものを録音出来たんでしたっけ…そういえば90分とか120分とか、ありましたね!…あんな手のひらに入るような小さいカセットの中に、6曲全部!買った時は嬉しかったですわ〜。

それで、トリオソナタ第3番!これがまあ、全集では、曲順に入っていますので、3番目に、入っていたわけです。この曲は、以前に、台所でラジオを聴きながら食事作りをしていた母の手伝いをしていて、聴いたことがあり、とにかくこの曲をもう一度聴きたい!と思っていました。

初めて聴いたときに、お水の音や、炒め物をする音の向こう側に、バックグラウンド的に流れていたはずだと思うのですが、

「わわわ!何この音楽!」

と口がぽかんと開いてしまいました。

そして、周りの物が一切見えなくなり、他の雑音も一切聴こえなくなった…

ような印象があります。


聴き終わってはっと現実にもどったらフライパンがこげていた…かどうかは忘れましたが、

「今の、何だったの!全然思い出せない!!」009.gif
…心を奪われすぎて、脳みそのスイッチ切っちゃってました054.gif


ただ可憐なメロディーだったこと、デリケートでじわっとくるハーモニーだったこと、流れるようなパッセージに満ちていたこと…

曖昧な、つかみどころのない、…

「もう一回やって!!!!!!!」

…クセになりそうな。
そうですaddiction。

心の、どこかを、こう、ぐぐっと刺激していくものがあるのです。

かといって、「いやだ、あのメロディーが頭に染み付いちゃってはなれない〜」というタイプの…

(個人的には、ビゼーの「アルルの女」とか。ラジオでふと聴いちゃったりすると、もう一日中リフレインしちゃって大変なことに。耳にくっつきやすいメロディーなのでしょうか。ぜんぜん好きじゃないメロディーを、気がつたらくちずさんでいたり。)

…そういう音楽ではないのです。再度再度聴かないと、とにかく味わえない気持ち。

というわけで、トリオソナタ第3番を「もう一回聴いちゃお053.gif」っとやろうとすると、なにせ、カセットなので、



ぐるるるるるるるるるるるる


と早送りしたり


ずとととととととととととと


と巻き戻したり、カウンターの数字を凝視しながら、トリオソナタの第3番だけ聴くためにまあいろいろ苦労したという、80年代のお話でした(昭和です)。




と、いうことでですね、全く今日のはお勉強になっていないのですが、



しのごの説明したくないぐらい良い曲です。



それなのに〜それなのに〜全然有名じゃないので、さみしいような、うれしいような(大事な物はひとりじめしたい)016.gif


あまりに大好きな曲なので、トリオソナタCDシリーズ、一枚につきひとつのソナタを録音して来て、第3弾のd−Moll、ソナタ3番を録音出来たことでひとつの大きな夢がかなってしまい、満足して、続きが録音出来なくなるという、「ポスト・ドリカム・トゥルー・ブルー(あるのかそんな言葉)」にはまりこまないように自戒しつつ、この春の演奏会では、

4月8日(月)宝塚ベガホール(19時から):第1楽章
4月13日(土)石巻遊楽館ランチタイムコンサート(12時15分から):第1楽章
4月15日(月)武蔵野市民文化会館(19時から)::ソナタ全曲1、2、3楽章

3会場でかならず弾かせていただきます!!

第1楽章だけでもかなり美しく、弾いていて陶酔するぐらいですが、3楽章を続けてお聴きいただくと本当に心が震えます。

なので、当日、「今の、何だったんだ!」とならない為にも、予習として聴いておくことは、おすすめです。


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本日のまとめ

武蔵野のコンサートの3曲目は、バッハのオルガン・トリオ・ソナタ第3番ニ短調、BWV527です。
楽章は3つあって、

第1楽章=アンダンテ(散歩しているようなテンポで)
第2楽章=アダージオ・エ・ドルチェ(リラックスした気分で、そして甘く)
第3楽章=ヴィヴァーチェ(生き生きと、速く)

という構成で17分半ほどの作品です。
(トリオソナタの中では長い方です)


本日の聴いとこう!


バッハ/オルガン・トリオ・ソナタ第3番ニ短調BWV527



(番外編)

これは、かならずしもお薦めの演奏ではないかもしれないのですが…
探してみたら、やっぱりありました。トン・コープマンヴァージョン

最初の楽章、私の散歩のイメージと全然ちがうテンポです。これは「小走り」ではないか…あるいは「競歩」…実際、このYoutubeでは13’45と、ありえないぐらい短い時間でひき逃げ弾ききっていらっしゃいます(多分2楽章の繰り返しが省略になっている?)!
でも、これが、1986年に、私がカセットで購入したヴァージョンだと思われます。
こんな演奏だったのかあ…思い出せないわあ…と思いながら聴きました。
私の解釈と随分違いますが、これが歴史的演奏なのは確かです。

056.gifコープマン氏をご存知ない方にひとこと:世界的に有名なオランダのチェンバロ奏者で、アムステルダム・バロックという一世を風靡したバロックオケの指揮者。オルガニストでもありますが、タッチはやや「固い」。オルガンは「なでて」鳴らすものなのに彼は「叩いて」いる。それなのに巧いのです。独特だけれど楽しい解釈。



















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# by momoyokokubu | 2013-03-22 07:47

4/15予習編その2

きょうは、その1にひきつづき、4月15日(月)の「ニ短調d-Mollをめぐるオルガン・デュオ・リサイタル」で演奏する第2曲目について書きます。


イタリア風パストラーレのあと2曲目は、

オルガンのための協奏曲ニ短調(ヴィヴァルディ作品バッハ編曲)BWV596
・アレグロ
・グラーヴェ
・フーガ
・ラルゴ・エ・スピッカート
・アレグロ 
です。

バッハは中央ドイツのアイゼナッハという村の出身(1685年生まれ)ですが、アルンシュタットという街で働いたあとは
1。ワイマール
2。ケーテン
3。ライプチヒ
の3つの大きな都市で音楽の仕事を得、オルガンを弾いたり作曲をしたり生徒を教えたりして家族を養いました。

その最初の赴任地、ワイマール(1708−1717)は、「ザックス=ヴァイマール」という貴族が治めていたのですが、その公爵の弟ヨハン・エルンスト君が音楽に秀でており、バッハは、チャペル付きオルガニスト&お抱え作曲家&音楽師の仕事のほかに、彼に個人的にレッスンをしてあげていました。

当時のヨーロッパでは、1678年生まれで「赤毛の司祭」としても有名だった作曲家・ヴァイオリニスト、アントニオ・ヴィヴァルディの弦楽作品が大流行していました。ヴィヴァルディみたいなものを書きたい、と思ったヨハン・エルンスト君は、バッハに習いながら、ヴァイオリン・ソロと弦楽オーケストラの協奏曲を書きました。そしてさらに、その中からよくできたものを、オルガン用に編曲するようにバッハに頼んだ…のかどうかはわかりませんが、バッハは、ヨハン・エルンスト作と、ヴィヴァルディ作の、イタリア風の協奏曲をオルガン用にアレンジしたのです。

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(画像はこのサイトからお借りしました)

当時は気軽なコピー機もないし、楽譜が必要なときは写本するしか手元に残す方法はなかったので、バッハは実に「まめ」に他人の作品を手で書き写しており、このワイマール時代の協奏曲書き写し編曲楽譜もチェンバロ用のものを含めるとかなりの数に上ります。

また、ヴァイマールには、いとこのヨハン・ゴッドフリード・ヴァルター(1684生まれ、ほぼバッハと同い年!)もオルガニストとして生活していたのですが、彼も協奏曲のオルガン用編曲が大好きで、何曲も編曲を書き残しました。ふたりで競争して書いていたのではないかと思うぐらいで、みなさんイタリアンスタイルに「はまって」しまったのに違いありません。

オルガン用の協奏曲は、オリジナルのオケ楽譜に近づけようと、「両手いっぱい、もうぎりぎり、これ以上手が届かないでしょう!」というところまで音符を書き込んである部分もあり、普通のオルガン曲より(オルガン的でない、という意味で)技術的に難度が高いことと、「ここは4フィートのストップで弾くこと」など、バッハにしては珍しくレジストレーションの表示を言葉で併記してあること(4フィートのストップを使うと、書いてあるより1オクターブ上の音が出ます)、譜面が最終的にウィルヘルム・フリーデマン・バッハ君(バッハの長男)の持ち物になっていたこと、そして最初に上げたように生徒のリクエストで書いたらしいことから、またしても第一のモチベーションは「レッスン用の教材」?!という気もします。しかし、レッスン用だからと言って手を抜くどころか、ばりばりの最高レベルで仕事をしてくれるバッハ大先生。


バッハの譜面を勉強していると、自分が生徒に教えるような年になっても
「気軽に弾こうなんて甘い。しっかり練習するように」
と叱咤されている気持ちになります。
どこまで良い先生なんでしょうね…。

と、いう感慨は弾いている人のもので、聴いている人は、オルガンらしくない、その弦楽協奏曲の楽しさに心が躍ること、間違いなしです!

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本日のまとめ


武蔵野のコンサートの2曲目は、ヴィヴァルディ原曲のニ短調協奏曲、バッハによるオルガン編曲ヴァージョン、BWV596。演奏会のテーマである、ニ短調は「教会っぽい調」でもあるのですが、まずは親しみやすいイタリア風弦楽スタイルの作品を、5楽章構成で聴いていただきます。ニ短調の活気と「オラオラ的な押しの強さ」を楽しんでいただければ嬉しいです。


本日の聴いとこう!


ヴィヴァルディ/協奏曲二短調
(これが原曲の方。詳しい題名は"Estro Armonico" Op.3,No.11,RV656)
と、
バッハ/オルガン用協奏曲二短調BWV596


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# by momoyokokubu | 2013-03-20 02:35 | コンサート予習用

祈りをのせて、ダンスと組曲。

東北大震災から丸2年がたちました。

破壊された原発の大きな被害が今でも黒雲のようにわたしたちの上に浮かんでいる状況で、震災以前とは全く違う生活をし続けなければならなくなってしまった多くの被災者の方々。大事な家族や友人を奪われ、家も街も失ったまま2年間を暮らした方々。震災のあと様々な理由で命を断ったり、病に倒れた方々。子供たち。それから…動物たち。

新聞記事や手記をネットで毎日読んでは、非常に強烈に心に覚えています。

祈ることしかできない、と思う日もありますが、心に覚えて祈るという行為は繰り返すうちに身についてゆくものです。今日の昼のランディドルグ・コンサートは、どうしても私が弾きたいと思っていました。聴く人みんなに祈ってもらうために弾こうと思いました。

朝から降り出した雪が、ちょうどお昼頃には風も出て吹雪き始め、教会に来る人が少なくなるかと案じましたが、普段80人ぐらいのところ、今日は結局100人近い人たちが集まってくれました。

私はだいすきなデュルフレの組曲を大事に弾こう、と考えていたのですが、その前に何を弾くかなかなか決められなかったのです。何の曲にしても、黙祷に近い時間をまず作りたいと思った。

そして急に思いついたのが、フィリップ・グラスによるオルガンのためのダンス第2番。
練習はしてあったけれど演奏会では出番がないままだった曲のひとつでした。

レジストレーションの指定がないので、最初はとても小さい音で遠くから聴こえるように弾き始めました。表記してある通り、全ての繰り返しと全ての「変奏」を弾くと、ものすごく長い時間、同じ音形が延々と続きます。今日は後半に組曲を入れたかったので、1から14までの「変奏」を弾きました。この12分ぐらいの短縮ヴァージョンでも、とにかく延々と(演奏会後に「トランス」と表現したお客さんがいましたが)、ニューエイジ的なマントラのような音形が一拍の息継ぎもなく続きます。風景の点描のような音の流れ…。形にならない形。

これのどこがダンスなのか?練習し始めたときにはわからなかったこと。

弾いていて思いうかんだのは、村上春樹の小説、「ダンス・ダンス・ダンス」。

羊男が「踊り続けるんだ。ステップを間違わないように注意しながら。絶対に止まっちゃいけないんだ」というようなことを、人生に行き詰まった主人公に何度も言う場面。

同じ音形が続きすぎるせいで、だんだん腕が痛くなってくると、「そうだ。ステップを踏み続けるんだ。」と言い聞かせている自分に気がつきました。

譜面を見ていても同じ音形が続くので、意識が遠のきそうになります。
するとアルペジオのなかでたったひとつだけ違う音が入り込む。
かすかな変化が生まれる。
気がついたらもとの音形に戻っているので、あれは聴き間違いだったのかと思う…
錯覚のような微々たる違い。
繰り返し。
繰り返し。

祈る時間が音の向こうに流れる。

わからないぐらい少しずつストップを加えてゆき、だんだん祈りが意識の表面に出てくるかのように音響を増大させました。

そのあとはこれまでに何度弾いたかわからない、デュルフレの組曲。

最初のプレリュードは「遅い」動きで音が入りますが、その裏に、きょうはさっきのトランスでデジタルな音の粒子がびっちり入り込んでいます。

ダンスの八分音符がプレリュードの十六分音符に染み付いた。
すると、普段と違う、うごめきが生まれました。

いつもよりもおそい、哀しみが多いテンポになりました。

続くシシリエンヌもトッカータも、全部の音が祈っているので、音の背景が違ってみえる演奏になりました。



「きょうは絶対来たかったのよ。雪が凄かったけど、来てほんとうに良かった。」
そう言って帰って行く人もいれば、
プログラムにメッセージを書き込んで渡してくれた人も、
「これを、被災地の何かの足しにしてあげて。少ないけど、持って行ってね。」
とお金を包んでくれた人もいました。



今日私が受けた拍手は、東北大震災の全ての被災者の方たちのためのものです。


プログラムの中に、

「本日のプログラムは、日本で2011年3月11日に津波の被害で亡くなられた方たちと、
福島の原発の被害のために現在も非常時の生活を続けることを強いられている何万人もの方々に捧げます」

と仏語と蘭語で表示してもらいました。

私たちは忘れていません。

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ブリュッセルではJapan Weekもこの日から始まり、ひきつづき震災基金のチャリティコンサートなどが開催されます。また、今日は、ベルギー各地で講演会や祈祷会が行われたようです。


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# by momoyokokubu | 2013-03-12 07:19 | 震災支援