おるがにすと・クロニクル Chronicle of an Organist

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夫婦の室内楽

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2013年は年齢による体調の変化を感じつつ、あともどりをしたいとは思うまいぞと前向きに始まりました(それにしても寒い毎日ですね〜)。

あともどりしようがないことだし、仕事に関して言えば、様々な問題が起こったときに「グループの中で何か発言できる」年齢になった。また、一昨日娘が16歳になったのですが、それはつまり、0歳から16歳までの子育ての毎日と、その友達や親御さんたちと触れ合う中で、おおげさにいえば人生の縮図を生きさせてもらったということでもあると思います。

そんな中でフェイスブックというものを通して中学、高校の懐かしい知り合い大勢と急にどどーんと再会。再会が嬉しい年齢になりました。

思えば、人付き合いをする時間が自分にはなかった。

一体今まで何に向かって対話して来たんだろう?

人以外の何か 013.gif

自分と対話して来たというわけでもないと思う。

まわりにはいつもたくさんの人がいるけれど、誰かと弾いたり食事したり…そういう機会は多くはなくて、たまに道で会って立ち話したりするだけでしたがそれはそれでとても楽しかった。

ただ夫と一緒に暮らすようになってからは「立ち話を毎日出来る人」が家の中にできた。

生活の中で、活動の隙間で、5分あれば話すことがたくさんある。

最近その夫について考えてみる機会がありました。
理由はひょんなことからこの「ワーママ」ブログを読んだからです。このブログの著者はフランス人の旦那さんと結婚していて一女があるので、うちと少し似ています。でも私は自分が「ワーママ=ワーキングマザー」だということに今まで気づいていなかった(そういう言葉がベルギーにはないから?)こともありそうしたテーマのブログを読むこともありませんでした。

厳密にいえば、信仰があって教会で奉仕することの延長に今の職があり、また言ってみれば趣味が高じて演奏をしているのだから、私はやはり「ワーママ」ではないと思うのですが、彼女の言いたいことは非常によくわかります。とくにこのブログの記事の最後で、

ハッピーワーママ戦略第2弾:夫を最強のパートナーに育てよう

というのにはピンと来ました。

一緒に暮らす中で、おたがいを育て合った実感があります。結婚生活18年間の実績、あともどりしたくない第一の理由はそれかもしれません。

でも、相手を一方的に最強のパートナーに育てることは自分にはできなかったと思う。
文句があってもあまり他人をどうしようという働きかけが自分にはうまくできないから。
(プチ家出したことはありますが)

わたしが状況によってはダメになるため、それを相手がなんとかしているうちに勝手に最強のパートナーに育ってくれた気がします。ここに「ダメ的な状況」があれば、サイレンをならして火を消しに来る、「ポンピエー」的な性格の夫(あえて仏語で書きましたが、仏語の「消防士」は発音が可愛い。)。

私も何か大きなことをやっているとき(ひっくるめての子育てとか、今夜のパーティの食事作りとか、レベルはいろいろですが)、途中で無計画が災いして「もうだめ!もうできない」状態に陥ることが多く、「くうはくのじぶん」になり、「あの。自分は今もう使い物にならないんです」という顔になります。

夫が偉いのは、そういう時に「そこにいること」です。

そして、ややこしいこと、たとえば黄身と白身を分けて固くなるまで泡立て、というようなことから、簡単だけど自分は関与してないはずの、ネコにえさをやるとか(ネコを好きなのは私なので)…やったことがなくて初めてでも、

「私を救う作戦」

の一貫として、やってくれました。

だから、私が不幸になっているのならば、内容がとんでもないことでもやってくれる、という信頼が生まれ、人生を生きやすくなったのでした。

実際は「やってくれられない」ことも多々あったけれど…その気持ちは信じ続けられる、と。

生活の半分は、だれも助けてくれない「演奏すること」を各自ぎりぎりまで追いつめてやり、生活の半分は家族で火を消し合って(いさかいを「消防しながら」)生活する。

そうできたら良いなと、イギリスで一緒に生活したファミリーなどを見ているうちに思っていました。わたしはイクメンとしてのサッカー選手のベッカムがけっこう好きなのですが、あれは彼が特別なわけではなく(もちろんサッカー選手としては特別なのでしょうけれど)、イギリスの男性はああいうマメなところがあります。私がロンドンで一年ベビーシッターとして住み込んだ家の旦那さんも、奥さんが「もうだめ」状態になったときに、ちょうど都合よくそこに居合わせている天才でした。ふたりとも演奏家なので忙しくてすれ違っている時間の方が多いのに、ちゃんと事件が起こる時にはとびだして行くのです。日本ではS.O.S.発信しても「ああ、今忙しいんだ、ちょっとあとにして」というお父さんが多いという実感があったので、奥さん的には大事件でも旦那さんには取るに足らないということになるかと思いきや、奥さんを救出しに行くイギリスの旦那さんの生き生きした様子を目の当たりにしたこの体験は驚きとともに私の心に刻み付けられました005.gif

たぶんそこで私が学んだのはちょうどいい具合で「空気抜き」を出来る奥さんのテクニックでもあったと思います。だって夫が絶対に他のことに気を散らしてはならない大きな演奏会を弾く日の前日とか発火したら消防士来てくれないじゃないですか…それで演奏会ぐちゃぐちゃになったらもう結婚してられなくなっちゃうし…

まあ、こういういろいろも「室内楽」のようなもの。

一緒に弾くことのむつかしさと、うまく呼吸を合わせて弾けたときの大きな幸せと、全部ひっくるめてしか存在できないのなら、人生を引き受けようと今更ながら思います。

世界で一番有名な女性オルガニストだったマリー=クレール・アラン。昨日フランスで86歳で亡くなりました。彼女のした仕事、彼女の与えた影響、彼女のお兄さんで作曲家のジャン・アランの時代の空気を20世紀中に持ち越した業績。そしてその人生において、レコード会社の社長さんだった旦那さんとの夫婦の年月はどのようなものだったのか?私が読みたいのはそんな個人的な伝記です。でも、クラシック音楽家の伝記に夫婦、人間関係があからさまに書かれるようになるのは没後200年ぐらいを経てからのこと(登場人物が現存中にはありえないようだ)。しかたがない、他人の生活を詮索しないで、自分の人生を生きよう。と肝に銘じるわたし。オルガニスト人生をまっしぐらに生き抜いたアランさん、先生としての忠告も、その存在そのものに対してもお礼を言いたいです。どうもありがとう…。

でも、だから、ちょこっとでも夫婦のありかたや仕事と人生の兼ね合いの話を「立ち話」の時間ぐらいかいま見せてくれる前出のワーママブログ、貴重だし、すごく面白いのでみなさんも読んでみて下さいね。


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by momoyokokubu | 2013-02-27 16:38 | 家族生活

4月8日の演奏会のお知らせ

2013年、4月8日(月)に、神戸、宝塚のベガホールで演奏会を弾かせていただきます。

夫とは連弾で主にオーケストラの曲を編曲して弾く機会が今までにもありましたが、今回はバッハのブランデンブルグ協奏曲のチェンバロソロの入っている曲をマックス・レーガーが4手用に編曲したものを、更に4手4足用に編曲しました。昨日ブリュッセルのランディ・ドルグで初披露しましたが、チェンバロの32分音符とオルガンの32分音符は鳴り方が違うので工夫に何度も練習しました!その他に、「バッハとニ短調」CDに入っている曲や、「早春賦」(ドドーミソードドーラ♫)をテーマに夫のグザヴィエが即興します。日本語で歌うのも特訓中(歌えるようになるか?)…歌えなくても即興出来るとは思いますが、なかなかベルギーに住んでいると日本語が上達しないのが彼の悩みなので、音楽を使って一石二鳥!とはいえ、すぐに使えるような日本語の歌詞ではありませんが002.gif

メロディーラインはアルペジオがほぼすべてを占めていてかなり特徴的です。そこがわくわくした春らしさを、ひらひら散る桜の花びらを表しているんだよ!と説明した私(いいのかな)

関西の方はぜひ聴きにいらしてくださいね!!

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by momoyokokubu | 2013-02-20 02:11 | 鍵盤楽器

2013年のための原風景

2013年も、ブログに新年の抱負を書く季節がきたな、どんなことを書けるかな、と考えるのが楽しみだったのですが、気がついたら節分をすぎ、抱負どころじゃなくなっていた、2013年初頭でした。おせち料理もことしは省略だったので、ちょっとオフビートな幕開けです…。

ことしの最大のイベントは4月に日本で演奏させてもらう3つのオルガンとの出会い、そこでの聴衆の皆様との出会いです。どの演奏会でも最高の演奏を出来るように、1月1日から着々とオルガンを弾きプログラムの準備を進めております。新年の瞬間も、プライベートな演奏会を弾きながら迎えることができました。今年も、「行け行け弾け弾け」の一年になると思います。

しかしせっかく考えた抱負をまったく書かないのも(自分が)残念なので、今日は書いてみます。辛い日にも、大切なことを忘れがちな日にも、なにかイメージがあれば、すっと「ああそうだった」と心が素直になる気がするので、いちいち「原風景」ともいえることがらを対にして書きます。


1。紙の「てがみ」を大事にする。

12月5日になるとクリスマスカードを用意します。クリスマスカードが届き始めます。わあ返事書かなくちゃ、お礼を言いたい人にも送らなきゃ、と思い郵便局へ行って切手を買い込みます。ある程度枚数を送ったところで15日になり、クリスマスのミサなどの関係であっという間に26日になっています。食事会も多くなるので持って行ける人には家族全員でサインしてせっせと持って行き、年末になり、お正月が来て、今度は日本から年賀状が届きます。本当にありがたいことです。しかし1月1日からミサがあったりのんびりしているうちに半分以上のカードを送り損ね、メール版の電子お年賀のようなものをまとめて送ってしまうと紙のカードの方はほぼ不要品と化す。

演奏会のちらしでもお祝いでも、郵送しようと思うと封筒が手元になかったり、引っ越したという情報を書き留めていなくて住所がすぐにわからなかったり…(ベルギーでは「郵便局」も10分の1ぐらいに減ってしまったし)

いま、手元にたまったカード(書き込んで、サイン済みのものも)、招待状、クリスマス用切手(3年分ぐらいあります)を見ると、「嗚呼。」と(漢字で)ため息が出ます。最悪なのはプレゼントしたいと思って買っておいた品物も包装したままでそこにあること。

現代ではメール、携帯を使えば、ぎりぎりでも必要事項を返事したり、お知らせすることが出来るので、ますます手が怠けてしまうようです。たまった書くべき手紙類の一角をなんとか切り崩して、今年はちゃんと「てがみ」をしたためて、投函できるような机周りの整頓を決行!コンピューターが便利すぎて、ちょっと「マインド・コントロール=操られて」いるかもしれない、という気もすることだし。

055.gif「エハガキの原風景」
私が1歳のとき、父が海外出張に行った折にハガキを送ってくれたことがあります。父の肉筆で何か書いてもらう機会も実はめったにないものですが、父の「お絵描き」をもらったことは、あとにもさきにもこの時だけでした。もちろん1歳なので受け取った時のことは覚えていないのですが、そのハガキは今でもあります。うさぎとくまの絵が、サインペンで描いてあるのです。1歳の子は字を読めない、でもそんな小さい子にもハガキを書いてみようと思った父の気持ち。何故自分は父に愛してもらったと知っているのか…、このハガキを見るたびに思うのです。まあ、わたしのクリスマスカードにはそんな威力はないのですが、それでも。心に「エハガキ」を一枚貼付けて、精進したい。

2。家を完成させる。

オルガンを階下に入れる、といいながら、オルガンはまだ入らず、先にグランドピアノが入りました。ヴァイオリンのコンクールをすることになった娘の伴奏のため、というのが切羽詰まった理由ですが、夫も作曲をするのに台所のアップライトではいまひとつ音楽の許容量が足りなくなって来たこと、家でのピアノレッスンと家族の練習時間が重なったとき不都合なこと…そして良い音のピアノに出会ったことがその他の理由です。そうするとチェンバロは隣の部屋に移動。その部屋にあったベッドも移動。いろいろ移動しまくっているうちに、内装とその部屋の家具がどんどんちぐはぐになって行きました。使っていなかった家の部分が今は最大に利用されている感じです。あとは地下の手つかずの空間も残っています。娘はヴァイオリンなので夜10時以降、朝8時以前の「近所用許容練習時間」外にも練習できる環境が必要になってきました。私たちも昨年なんとか事務室をほぼ完成できたので、あとはまだできていない階段のペンキ塗りを含め、家全体を整えたい。家の一部が常に工事中のように見えるストレスから解放されてみたい。あと少し、の片付けも頑張りたい。庭に、静かに祈るスペースも作りたい。

056.gif「家の原風景」
現在の家ではないのですが、初めてベルギーに来て、夫と入籍した年に二部屋と台所付きのアパートに住みました。そのアパートを探したとき、わたしはまだひとことも仏語を話せないので、新聞などの情報を見ても意味がわかりません。紙媒体は夫にまかせて、暇だった自分はとにかく鉛筆と紙を持ってブリュッセル音楽院の周辺を歩き回りました。窓に「貸します」の張り紙があれば、値段とそこの住所と連絡先の電話番号を書き留めて行ったのです。ある日、建物の間の細道を下って行くと急に視界が開けて、鉄細工のはまった様々な扉のある、美しいゆるやかな曲線の道なりを作っている家々の一角にぶつかる場所があり、その丸みを帯びた角の家に「貸し部屋」のオレンジの紙が張ってありました。そこが少し魔法にかかった場所のように感じられて、夫の当時住んでいた部屋に戻ってから「素敵なところがあるよ」と住所を教えると、その日、夫も新聞で同じところを見つけていたのです。音楽院と楽譜屋さんのちょうど中間地点の物件らしいから、と、新聞広告に丸をつけてあった。今の家も、(母の表現を借りれば)「家に呼ばれて」住みつくことになった経緯があります。万年工事中ではせっかくの魔法も消えてしまうので、「家は、住人として選んでもらった、もともと魔法の場所である」という敬意のようなものを忘れないようにしたい。


3。豊かに年を重ねたい。
これは!これこそは2013年の第一の抱負です。今年はもっとジョギングしたり、女性のチャリティレースに参加したり(マラソンよりもっと短いやつ!)、ピラティスも昨年は規則正しくできたので、ちゃんと続け、早寝早起きや食生活のことも含めて、なんとかこの、ちょっと早い「閉経」の毎日を乗り切りたい。本当に調子が狂いっぱなしなのです。しかしこれは面白い現象ではあります。この寒いのに上半身が暑くて暑くてどんどんセーターとか脱いでしまって、「ほかほか〜」!!かと思えば、急に寒くなりまた全部着直す…それに夜中に暑くて目が覚める、また、涙もろくなったり、腹が立ったら普段の3倍のスピードで沸点に到達してしまう!感情的で、怒りっぽい人、泣き虫な人の気持ちがこんなによくわかるようになるとは。でも、そのせいできっと演奏も変わるだろう!すっごく豊かな、良い演奏ができるようになるかも(常にポジティブ。)…と思ったら…弾く前に、以前はなかった「緊張度の高さ」!!わあああ「緊張しい」の気持ちまでわかるようになってしまった!夫は「僕、髪の毛白くなったねえ。」と今日初めて言いました。毎日少しずつ、を私は見て来ているから知っているけれど、彼は今日までそういう目で鏡を見ていなかったのかな。毎朝血圧をみんなの分計り、記録して、夫とたまにジョギングして、娘とたまにピラティスに行って。食事もできるだけ添加物を摂らないように、消化吸収のオプティマルな「エネジー・キュイジンヌ」に倣いながら。健康で、また大勢の人に聴いていただいて、大勢の方にお会いできる一年にしたい。弾くことを通じて、たくさん祈り続けられるように。

053.gif「親としての原風景」
娘が16歳になるのだから私だって年を重ねてきたわけだ。妊娠した当時、「このままオルガンの仕事をどうやっていくのだろう。まだまだ勉強しなきゃいけないことだらけなのにどうやって親になるんだろう。」と、頭のスイッチが急にふたつできたようで、どちらをオンにしたらいいかパニックになっていた。自然に「お母さんスイッチ」が入って、「娘の18歳(ベルギーの成人)までは自宅をベースにした仕事を中心にしてお母さん業と両立していこう」という風に決まっていったのですが、その「娘の18歳」まであと2年になった今年、演奏会を夫婦ともに少しづつ増やして行ける状況が見えます。今でも鮮明に覚えている夢は、娘が生まれて2週間ほどたったころのことでした。広い、コンクリートの屋上のようなところで、わたしはのどをからからにして走り回っています。何かを探している。何を?…あった!あれみたいだ。むこうに、たくさん靴箱のようなものが置いてあります。フタがしまっているもの、しまっていないもの…。その中のひとつに、ひからびた「うちの赤ちゃん」が入っていたのです。ずっと、面倒見るのを忘れていたら、あかちゃんがひからびてからからになってしまった。…これは…ノーコメント…。今でも思い出すと冷や汗が出ちゃう。でもそこからの出発でやっとここまできた。若い頃に戻りたい?も・ど・り・た・く・な・い。そういう、反面教師な原風景。


さて来年の1月にこれを読んで、私は一体何を思うのか。45歳になる年に「人生のおへそ」かな、と面白い気分になりながら、ひとつき遅れの抱負でした。










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by momoyokokubu | 2013-02-06 04:37 | 鍵盤楽器