おるがにすと・クロニクル Chronicle of an Organist

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カテゴリ:家族生活( 20 )

おんがくの旅

「かわいい子には旅をさせろ」といういいまわしが頭にうかぶ、7月。

いやだ!旅させたくない〜!

と、大きい声で言いたいけれど、時すでにおそし。

家から車で8時間かけて、リヒテンシュタインで行われている音楽の夏期講習会に娘を「置いて来た」あと、「だいじょうぶかなあ〜、一日目はいつだって落ち込む人だからなあ〜」と思っていると、案の定。

携帯会社のGo Europeというオプションで、ヨーロッパ圏内でも一日3ユーロの金額でベルギー国内と同じように通話+メッセージをできる、というものに申し込んだのはいいが、「リヒテンシュタインはスイスフランを使っているけれど、このオプションではヨーロッパに入るのか?」を調べていなかったので、確認して「OKみたいだから、必要なら電話していいよ」とSMSしたとたん…

「1日目のレッスン最悪だった…。」

と電話が。

そのあと、「xxx時間も練習したのにぜんぜん弾けなかった」「先生の言ってることがよくわからない(娘は仏語の人なのに、そこではドイツ語と英語なので)」「コンチェルトのはじめしかひかせてもらえなくて、明日は練習曲だけ持ってくるように言われた」…

たしかに、ベルギーの中学4年生(=高1)の厳しい学年末試験が終わった直後で、いまいち練習しきれない状態で行ったので、いま1日何時間も練習していてもまだまだ勘は戻って来ないはずだと思う。今ついている先生の紹介で行ったのだから、講習会の教授が素晴らしい先生なのは間違いなく、ある意味「先生のなかの先生(Maitre des Maitres)!!」の前で、他の受講生や、伴奏のピアニストも「凝視」している中で弾くのだから、かなりきついのも、もっともだし。

このあとはおきまりの、

「もうできるかわからない」「どうして自分みたいなのがここにいるんだろうってみんな思ってるんじゃないか」「将来音楽家になるって決まったわけでもないのに」


帰りたい。びええええええええええんんんん(泣)


…こういうことを書くと、内情をさらけだすようで本当に娘には申し訳ないのですが(おこられそう)、私にも全て身に覚えのある、ありがちな愚痴なのではあります。こういう日が、音楽をやっていると必ずある。スポーツをやっている時にもあった気がします。そういうときは、しょうがない、誰かが聞いてあげるしかない。


ヴァイオリンのような楽器は小さいときに始めるので「自分で選んでないのに」「何故わたしがこんな苦労を?」という心も、どこかにいつもあって、追いつめられて辛い日にはそれがまた頭をもたげてくるのでしょう。


わたしが自分でも最近感じるのは、「何故音楽を娘に『やらせ』つづけなければいけないのか?」という疑問です。4歳から音楽をはじめて16歳になった今、そろそろ大学はどうするか、などの大きな決断を前に、そのことは一種のプレッシャーになりつつあります。


ふつう大学生になればピアノのレッスンも親は払ってくれなくなるので、私自身の場合、

「どうして音楽をやりつづけるのか」

を決断する16歳だったと思いますが、娘の場合、周りが音楽だらけなため「やるのが普通」の中で違う道を選ぶのなら、

「どうして音楽をやめるのか」

を決断しなければいけない16歳なのだと思います。



「ヴァイオリンの先生が、どうして『筋がいいよ』と言ってくれるのか?どうして(たまには)巧く弾けて私たちも心がきゅんとして涙が目に浮かんじゃったりするようなことがあるのか?才能のある生徒、って言ってもらったことがあるのは何故なのか考えたことある?」

そう訊くと、少し沈黙があったあとで、

「何故なのか全くわからない」

と言う。


「才能って何だと思う?」

ということを、6月の末に一緒に数学の試験勉強をしたお友達が来ていてみんなで喋った時に、そのお友達は

「数学なんかでは、ひとつ言ったら10ぐらいぱーっとわかる子のことだと思う。努力してひとつひとつ暗記しなくても、自然に公式と公式のつながりがわかってしまうような。」

と言っていた。ポイントは『努力しなくても』だ、と。



娘にとって、ヴァイオリンほど(やりたくないときも)努力しなければいけないものはないのかもしれず、じゃあ、あなたは才能がないってこと?


「ママが『知っている』ことは、あなたはすごく耳がいいらしい、ということ。まわりの大勢のプロの楽器奏者を聴いたときに、普通にみんな耳はもちろん良いのだけれど、『あれ、この人はものすごく音程が正しいな』と思う人ってちょっとしかいないでしょ?それ、あなたは3歳のときから、わかってなかった?そんな人が、おとなになって、音楽をちゃんと勉強しなかったことを後悔しないかな?その時、『ああ、自分ならこう弾くのに』と思ってしまう心をいったいどうする?」


いま、自分たちはこの半年話さなければいけなかったのにきっかけがつかめなかった話を、やっとしているんだ、と感じました。


ながいながい、距離が遠いので息づかいが聞こえない沈黙のあとで、



「ママの言いたいこと、わかる。」




わたし自身、必死になって考え、ことばにしたせいで、親として自分の抱えていた疑問が少し解けた気がします。


「先生が、もしもいらいらしてイジワルになっていると思ったら、それはもう、『合わなかった』ということだから、その時はすぐに帰っておいで。そういうことで辛い思いしたらだめだから。そのときはすぐに迎えに行くから。どうする?」


今から3年前、自宅から車で2時間の、ベルギー南部での夏期講習会初日も、夜、電話でおいおい泣いて(そのときは普通に仏語なのに、シャイで友達をすぐに作れなかったばかりか、ちょっと好きだった子に無視されたこともあり、)まだ13歳だったので夫婦で車をかっ飛ばして会いに行き、いろいろ喋り、そのあと無言で裏庭を一緒に散歩して、

「どうする?帰りたいなら帰ろうね。」

と言ったんだよなあ…


と、なつかしく思いを巡らしていると


「うん。もう、大丈夫。

頑張る」


娘はそう言って、


…なぜかそこで彼女の携帯が切れた054.gif(電池切れということがあとでわかった)



かわいい子の旅、つきあう親のさびしいことといったら表現しきれないぐらいだけれど、旅に出さなかったら、きょうもまた、朝起きて「練習何時からする?」出掛けるといえば「練習したの?」…の魔のスパイラルを繰り返していたと思う。


「親とか、誰かのためにヴァイオリンをやる」のはそろそろおしまい。

娘の人生だから。



007.gifうわああああああああんんん

私も修行が足りない。

















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by momoyokokubu | 2013-07-09 19:13 | 家族生活

脇役な午後

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もし、日本に住んで、日本人の家族や友達に囲まれて生きていたら…

そんなことを今回の帰国のあと考えました。

(ホームシック?)

ブリュッセルに住んでいると、いつまでもいつまでも「旅行で来ているんだよね」的な気持ちが抜けないのは確かです(18年も住んでいても)。町が古めかしいせいなのか、旅行者がたくさんに町にいるので、心理的に同化してしまうのか、どうかわからないけれど。

フランス語が上手になったね、と人に言ってもらえるようになった昨今でも、家族が「まくしたてて」いるとなんのこっちゃわからん状態。

夫がまくしたてているのは、はっきり言って見たことがないので、もちろんまくしたてているのは娘ですが026.gif



きょうは、ランディドルグの演奏会のあと、教会のそばでランチせずにそのまま帰って来て家にいたら、「ウィンドショッピングの約束は〜?」と娘から携帯メッセージ。

約束したかなあ…?と思い出せず、でも謝って、学校のあと教会の方(繁華街なので、ショッピングもできる。)に行ってしまった娘に帰ってくるように言うと、そのあと夫の携帯にメッセージがあって、「今から帰るけど、ご飯食べてない」と(なぜか夫に)。

「オッケー!」と、そのまま夫はおつかいに行き、「いっぱい食べるからねえあの子は〜」と言いながらたくさんご飯を作っている(嬉しそうだな)。

ゆでたポテトに、大きなソーセージ二つに、お野菜…

娘が帰って来て、お皿いっぱいの昼ご飯をゆっくり食べながら、もう1時間位夫と喋っている。

私がいない日のふたりの生活みたいなものがかいま見れる会話を、脇で「ふうん」と思いながら見ていると、

「私ってやっぱり(お母さんだから?)心が狭いわね〜」

という感慨がわいてきました042.gif


娘の話すことに対する夫の応対や、話のひろがりかたが、なんといえばいいかわからないのですが随分違うし、途中で「?なんの話になったんだろう?」とわからなくなるような話にもなっていきます(言語的なこともあるけれど、つまり私にはついていけない流れというか)。



こういうふうに脇役として部屋のすみっこでネコと座っている時間、まあ、無視されて寂しいというわけではないので、口をはさまないというのも、まったく無責任にしていられて気持ち良いなあと思います。

家を切り盛りしている気持ちになると、責任がのしかかるというか、やはりせかせかして心が狭くなり、娘も小食になってしまう…?

いま娘ははっきりいって二人分ぐらいのごはんを全部食べ終わりました…

私いつもそんなにたくさん作ってあげてない…

「いるんだけどいない技」

行使中…
というか、

「お母さん業」

から脱皮しやすいかもしれない…、ベルギーでの、きょうこのごろ。











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by momoyokokubu | 2013-05-13 23:19 | 家族生活

仕事部屋

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音楽の仕事部屋=「音楽室」なので、ここでの仕事部屋は「ただの事務部屋」のこと。

机があって、本類・紙類が、たくさんあるところ。

そう言う場所が今までは楽器の真横とかだったのですが、それだと練習している人がいるとうるさいしお互い困るので、紙類の部屋を別に分けました。

楽譜の引っ越しは大変でしたが、ようやく本棚も出来て、片付いてきたこのごろです(やりはじめてもう6ヶ月)。

その部屋の隅に、おりたたんだ布団を置いて、「くつろぎコーナー」を作ったのは、ただ気分的な満足のためだった、ということに、いまさらながら気づきました。

この6ヶ月で1回しか座らなかった…。

机に向かってメールを書いたり、譜面を集めたり、紙類をさばいているとそのコーナーが目の隅に認められて、あ、終わったらそこに行ってすわろう、と思うこともあるのに、そんな時間はいつまでたっても訪れず。

で、きょうは、ネコがしっかり利用していたので、

「その場所は、ねこのために準備したんじゃない。ねこが起きたら、今日はそこにすわろう。」

と決めました。


そこに座って何をするかと言うと、いろいろ将来の企画などが部屋中に充満している場所でもあるし、何かこれからやりたいこと、の箇条書きとか、してみようかなと思います。地面に座り込むと気持ちがゆったりしそうです。机に向かう時は、不思議な感じの「人間工学椅子(?)」という膝を載せるところがついていて背もたれのない椅子なのでどうしても「さっさか」仕事をしてしまうし…

埋蔵されていた心を発掘するような、わくわく感が盛り上がってきました。
期限のないこともたまには思い描きたい060.gif








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by momoyokokubu | 2013-05-01 04:46 | 家族生活

冬の終わりー娘のチャレンジの顛末

この、しゅろの日曜日の週末は、イエスの受難の聖書の箇所をミサの間に既に全編読み込みます。

わたしの働いている教会では、近所の3教会と合同なので、しゅろを振り、歌いながら外を行進するのに30分ぐらい歌い続けなければなりません。そのあと行進より早くオルガンに駆け上がり、教会堂で待機している(主にお年を召した)会衆の方達と、声を合わせる伴奏にすみやかに移らなければなりません。そして、行進の間音程が下がらないようにしなければならないのですが、いくら頑張っても音程は狂います。それにオルガンは438ヘルツだし〜(音叉は440のか415のしかないので)。。。

うちは夫も別の教会(大聖堂)でいろいろ弾かなければならないので、この週末から来週の復活祭まで、まいにちまいにちまいにちまいにちそれぞれ教会に行くことになり、結構てんやわんやなのですが、…

お庭にクロッカスが咲き始めたり、少しあたたかくなって来たりして、普通は「イースターもうすぐだ、うれしい〜」という気分が高まるのに、今年は、驚くほど寒い毎日が続きます。

今も、わんさか雪降ってるし。。。

クリスマスはやや暖かかったので、

Noël au balcon
Pâques au tison!

の言い伝え通りらしいです(「クリスマスがバルコニー(に出られる位あたたかいという意味)だと、イースターは暖炉前」)。

しかし、来週の日曜日の朝3時に、一時間早くなる「夏時間」が迫っています。
雪の次の週が夏、って…。
イースターのミサに、みんな遅刻しちゃうんじゃないかという、今年のカレンダーです。

さてあと10分しかないので今日は短くしか書けないのに、やっぱり書いておきたいと思い、筆を執りました(執ってないけど!)。

娘のチャレンジ、ヴァイオリン初コンクールのお話です。

コンクールでは、家から1時間の場所だったのですが、早めに着いたとはいえ、いきなり
「名前の順行きます〜」
と言われ、かわいそうにアルファベットでDの娘は一番先に弾く事になっていました。

どの曲も、先生の指示通り、毎日毎日メトロノームで速いテンポで弾けるように練習していたのが裏目に出て、ひとつひとつの音を大事に弾くというよりは、あがってしまい最初の無伴奏2曲は倍速?!みたいなテンポで弾いてしまいました。

わたしが伴奏した曲は、テンポは私が設定できたので、落ち着いて弾けましたが、なにしろ娘のレベルにはまだまだ超絶技巧(と私には思える)な部分があるので、これからの課題はいろいろ残りました。

でも、先生の指示通り、朝6時に起きてメトロノームに合わせて雨が降ろうが風が吹こうかという感じで速いテンポで練習したので、暗譜の間違いをせず、止まる事もなく、集中力も切らすことなく、弾ききれました(先の文章とは真逆のことを書くようですが)。

でも、やはり、決勝には進めなかったので、こういう体験は精神的肉体的にどっと疲れが出ます。

台所で、私が料理している横で、娘が再びヴァイオリンを手にして弾き始めたのはきっかり1週間後でした。そして先生は当日来られず、その後現代ものフェスティヴァルで彼のカルテットが仕事がたくさんあったので会えなかったのですが、なんとか娘からメールを書き、お礼と課題について振り返ることができたのも10日後でした。

そして2週間後の今日、「ブランチ食べよう」と言って、ゆっくり起きて、パンケーキを焼いて食べている娘。実は、コンクールの当日の朝、好きな物を作ってあげたくて、日本式のふかふかのホットケーキを私が焼いたのです。そのあと、ホットケーキ見るとコンクールで辛かった事をわたしも娘も思い出してしまいそうで一度も作りませんでした。でも、今朝は、私たちは先に起きていたので娘ひとりでブランチしていたのですが、「あのさ、日本のホットケーキのレシピ見ていい?」と訊くので、日本語で書いた物を出して、ちょこちょこと翻訳してあげながら(湯煎って何?とか、)自分でおいしく作れたみたいです。

わたしも娘もハッキリ言ってほとほと疲れた〜という気分だったのが、「やっぱり頑張ってよかったな〜」という気持ちになりつつあり、この2週間ふたりとも疲労で涙もろくてずいぶんけんかしてしまったのですが、

ホットケーキ見ても、もう辛くなくなったんだから良かったワ

と、まあ、結論付けられたようで。

応援して下さった皆さん有り難うございました。

先生に送ったメールの最後に、

「当日はうまく弾けなかったけれど、そこまでの過程が貴重だったことは、自分でもはっきり感じます。」

と娘が書いていた事が、母の喜びでした。











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by momoyokokubu | 2013-03-23 22:25 | 家族生活

娘のチャレンジ

最近16歳になった娘は思春期・反抗期まっただ中。

と言うとなんかニュアンス違うな〜とも思うのですが、しかし、昨年から親子げんかした回数を数えるならそれは正真正銘の反抗期である、と言い切れます015.gif

優しいいい子なのですが、それでも、なぜ反抗しているように感じるのかと言えば…なんといってもしょっちゅうむすっとした顔をしているからです。そしてなぜむすっとした顔をしているのかと言えば…勉強も練習も山積みにあるのに、人生が楽しいので時間が全然足りなく、腹が立つからであろう。

「むすっとした顔しないでよ〜」

と言おうかなとも思うけれど、そう言ったところで心情を根本的に変えられるわけもなく、自分の家に居ながらにして「顔に出してむすっとしちゃいけない」ということになれば、更にややこしい状況を招くと思われます。

夫は無口な割に、いろいろお気に入りのフレーズがあるのですが、中でも頻出するのは

「気を使わずに、自分ちにいるみたいに寛いでくれよ。Faites comme chez vous!!」



「自由にしなよ。Sens-toi libre!!」

のふたつ。

これを客人に言うのではなく、家人に言う、結果、暗に自分自身に向けて、言うのです。

これは言い換えれば「自分ちにいるときぐらい好きなようにさせてくれよ」ということにほかならない。というわけで、そんな緩い教育をしてきてしまったために、小さい頃から表情豊かな可愛い娘になりましたが、反抗期になると哀しみもいらつきも全部顔に出る人に育った(外ではもうちょっとコントロールしていると思いますが)。


でも母としては、ま、いっか…と受け止めている理由がふたつあります。

その第1は、嘘をついたり、隠し事があったり、やましいことをしていたりしたら、ちゃんと顔に出るのでわかりやすいこと。026.gif

第2に、顔と態度は不機嫌でも、ヴァイオリンはまじに練習していること。027.gif


これってよく考えたらひどい理由です008.gif

が、ちゃんと音楽をやっているなら、まあたいがいのことは許される、という暗黙の了解がなきにしもあらず。

周りに、「口は汚いけど音は奇麗」とか、「いつも食べ過ぎだけど楽器がめちゃうまい」とか…そういう人々が大勢いる中で日々暮らしているためにそうなってしまったのでしょうか。

自分のことを鑑みると、「オルガンがうまく弾けるなら意地汚くてもよい」とまでは思いません。なぜならば「オルガンがうまくて意地汚い人」を見るとそうなりたくない〜と如実に思うから。

ということは、娘にもあとは反面教師で学んでもらうしかないです。
などと、いろいろ言っている私も夫も、心配しなくてもそういうことの役には十分たっているのであろう008.gif


娘は私とは違って、もともと楽器を自分で選んだわけではありません。
楽器を手にしたときは「ものごごろ」がついていなかった。

でもいつの間にか13年間、まるで運命であるかのように、やめたいという時期も乗り越えて練習しているうちに、現在の先生に出会い、反抗期の今も、この先生には反抗することはなく、いや、こういう年頃だからこそ、強烈な「仲間意識」を持って、「尊敬する先生のヴァイオリン弟子業」をこなそうとしているように見える。

そういう意味ではあらゆる弟子入りと同じで、まだまだ半人前であってもプロ意識はなかなか高いようです。「そこ、付点つけて練習するように先生おっしゃったよね?」などと指摘しようものなら「当然。」と妙に冷たく返される、今日このごろ。

娘にとって初めての試練であるヴァイオリン・コンクールがこの週末に近づきました。毎日毎日毎日毎日家に響くその練習を聴き、ひまさえあればピアノ伴奏して練習につきあい、その感情の揺れに付き合った日々もとりあえず終わり、これでひと区切り、という気持ちに私もなってきました。

ベルギーの、年齢別になっているコンクールなので、15歳から17歳というカテゴリーでのちょうどまんなかの年。今回はどの課題曲も新しく最初から準備したので、とにかく一次予選の曲をしっかり弾く、という「肝試し」のチャレンジです。来年はもっと充分時間をかけて本腰でやる、という長期計画でやろうな、と先生が提案してくれて、娘も合意したからです。しかしわたしと夫にも、今年が肝試し。自分たちのコンクール時代が終わってほっとしていたら、あっというまに次世代のサイクルに巻き込まれていたという…。

娘が辛い中にも音楽を十分楽しんで来られるように、最後の数日をしっかり暮らしたいです。
一体当日はどうなちゃうんだろう…。自分のコンサートの比じゃない、この緊張感。

コンクールのあとにはまた普通の日々がやってくるのにも拘らず、この週末で何かが決定的に変わってしまうのではないか…そんな恐れをも抱かせられるのは、私も思春期に感情移入してしまっているのかしら?

気を取り直して自分は自分の楽譜を広げ、3月11日(月)、震災から2年目に当たる日に、自分の教会のランチタイム・コンサート、ランディドルグで演奏する準備をしています。このままでは東北はどうなってしまうんだろう。それを世界中で考える日になる。すこし話も入れる予定です。














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by momoyokokubu | 2013-03-07 05:35 | 家族生活

夫婦の室内楽

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2013年は年齢による体調の変化を感じつつ、あともどりをしたいとは思うまいぞと前向きに始まりました(それにしても寒い毎日ですね〜)。

あともどりしようがないことだし、仕事に関して言えば、様々な問題が起こったときに「グループの中で何か発言できる」年齢になった。また、一昨日娘が16歳になったのですが、それはつまり、0歳から16歳までの子育ての毎日と、その友達や親御さんたちと触れ合う中で、おおげさにいえば人生の縮図を生きさせてもらったということでもあると思います。

そんな中でフェイスブックというものを通して中学、高校の懐かしい知り合い大勢と急にどどーんと再会。再会が嬉しい年齢になりました。

思えば、人付き合いをする時間が自分にはなかった。

一体今まで何に向かって対話して来たんだろう?

人以外の何か 013.gif

自分と対話して来たというわけでもないと思う。

まわりにはいつもたくさんの人がいるけれど、誰かと弾いたり食事したり…そういう機会は多くはなくて、たまに道で会って立ち話したりするだけでしたがそれはそれでとても楽しかった。

ただ夫と一緒に暮らすようになってからは「立ち話を毎日出来る人」が家の中にできた。

生活の中で、活動の隙間で、5分あれば話すことがたくさんある。

最近その夫について考えてみる機会がありました。
理由はひょんなことからこの「ワーママ」ブログを読んだからです。このブログの著者はフランス人の旦那さんと結婚していて一女があるので、うちと少し似ています。でも私は自分が「ワーママ=ワーキングマザー」だということに今まで気づいていなかった(そういう言葉がベルギーにはないから?)こともありそうしたテーマのブログを読むこともありませんでした。

厳密にいえば、信仰があって教会で奉仕することの延長に今の職があり、また言ってみれば趣味が高じて演奏をしているのだから、私はやはり「ワーママ」ではないと思うのですが、彼女の言いたいことは非常によくわかります。とくにこのブログの記事の最後で、

ハッピーワーママ戦略第2弾:夫を最強のパートナーに育てよう

というのにはピンと来ました。

一緒に暮らす中で、おたがいを育て合った実感があります。結婚生活18年間の実績、あともどりしたくない第一の理由はそれかもしれません。

でも、相手を一方的に最強のパートナーに育てることは自分にはできなかったと思う。
文句があってもあまり他人をどうしようという働きかけが自分にはうまくできないから。
(プチ家出したことはありますが)

わたしが状況によってはダメになるため、それを相手がなんとかしているうちに勝手に最強のパートナーに育ってくれた気がします。ここに「ダメ的な状況」があれば、サイレンをならして火を消しに来る、「ポンピエー」的な性格の夫(あえて仏語で書きましたが、仏語の「消防士」は発音が可愛い。)。

私も何か大きなことをやっているとき(ひっくるめての子育てとか、今夜のパーティの食事作りとか、レベルはいろいろですが)、途中で無計画が災いして「もうだめ!もうできない」状態に陥ることが多く、「くうはくのじぶん」になり、「あの。自分は今もう使い物にならないんです」という顔になります。

夫が偉いのは、そういう時に「そこにいること」です。

そして、ややこしいこと、たとえば黄身と白身を分けて固くなるまで泡立て、というようなことから、簡単だけど自分は関与してないはずの、ネコにえさをやるとか(ネコを好きなのは私なので)…やったことがなくて初めてでも、

「私を救う作戦」

の一貫として、やってくれました。

だから、私が不幸になっているのならば、内容がとんでもないことでもやってくれる、という信頼が生まれ、人生を生きやすくなったのでした。

実際は「やってくれられない」ことも多々あったけれど…その気持ちは信じ続けられる、と。

生活の半分は、だれも助けてくれない「演奏すること」を各自ぎりぎりまで追いつめてやり、生活の半分は家族で火を消し合って(いさかいを「消防しながら」)生活する。

そうできたら良いなと、イギリスで一緒に生活したファミリーなどを見ているうちに思っていました。わたしはイクメンとしてのサッカー選手のベッカムがけっこう好きなのですが、あれは彼が特別なわけではなく(もちろんサッカー選手としては特別なのでしょうけれど)、イギリスの男性はああいうマメなところがあります。私がロンドンで一年ベビーシッターとして住み込んだ家の旦那さんも、奥さんが「もうだめ」状態になったときに、ちょうど都合よくそこに居合わせている天才でした。ふたりとも演奏家なので忙しくてすれ違っている時間の方が多いのに、ちゃんと事件が起こる時にはとびだして行くのです。日本ではS.O.S.発信しても「ああ、今忙しいんだ、ちょっとあとにして」というお父さんが多いという実感があったので、奥さん的には大事件でも旦那さんには取るに足らないということになるかと思いきや、奥さんを救出しに行くイギリスの旦那さんの生き生きした様子を目の当たりにしたこの体験は驚きとともに私の心に刻み付けられました005.gif

たぶんそこで私が学んだのはちょうどいい具合で「空気抜き」を出来る奥さんのテクニックでもあったと思います。だって夫が絶対に他のことに気を散らしてはならない大きな演奏会を弾く日の前日とか発火したら消防士来てくれないじゃないですか…それで演奏会ぐちゃぐちゃになったらもう結婚してられなくなっちゃうし…

まあ、こういういろいろも「室内楽」のようなもの。

一緒に弾くことのむつかしさと、うまく呼吸を合わせて弾けたときの大きな幸せと、全部ひっくるめてしか存在できないのなら、人生を引き受けようと今更ながら思います。

世界で一番有名な女性オルガニストだったマリー=クレール・アラン。昨日フランスで86歳で亡くなりました。彼女のした仕事、彼女の与えた影響、彼女のお兄さんで作曲家のジャン・アランの時代の空気を20世紀中に持ち越した業績。そしてその人生において、レコード会社の社長さんだった旦那さんとの夫婦の年月はどのようなものだったのか?私が読みたいのはそんな個人的な伝記です。でも、クラシック音楽家の伝記に夫婦、人間関係があからさまに書かれるようになるのは没後200年ぐらいを経てからのこと(登場人物が現存中にはありえないようだ)。しかたがない、他人の生活を詮索しないで、自分の人生を生きよう。と肝に銘じるわたし。オルガニスト人生をまっしぐらに生き抜いたアランさん、先生としての忠告も、その存在そのものに対してもお礼を言いたいです。どうもありがとう…。

でも、だから、ちょこっとでも夫婦のありかたや仕事と人生の兼ね合いの話を「立ち話」の時間ぐらいかいま見せてくれる前出のワーママブログ、貴重だし、すごく面白いのでみなさんも読んでみて下さいね。


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by momoyokokubu | 2013-02-27 16:38 | 家族生活

色とりどりのブーケ

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4歳で小学校の幼稚科に入ってから、中学まで同じ公立の学校に通っている娘には、小6までふたごのように仲良くしていた女の子がいました。

幼稚園年少組のときから、たまにはケンカしながらも「切磋琢磨」して、クラスのみんなを牽引してますと先生に言われていたふたり、小6まで、ついにクラス替えでも「ふたりを引き離さない方が良い」という学校の好意で常に同じクラスで勉強しました。

2年ごとにクラス替えがあるのに、「そういう教育方針もあるんだ。」とわたしには新鮮でした。

そのお陰か、娘も親友のSちゃんと本当に存分に遊んだり勉強したりけんかしたりしたと思います。
ほかの友達もみんな大事な仲間たちだったとおもうけれど、学校ではたった一人「同志」がいると行くのが楽しくなるものです。行きたくない日でも、Sちゃんに会って元気になる。そういう関係でした。

中学に上がるとき住所が近い子が優先になったので、Sちゃんは違う学校になってしまい、少し疎遠になりましたが、わたしたちも小学校の間中、登下校は保護者同伴だったので、お父さんお母さん、おばあさんとも親しくつきあいが続いていました。


でも、6月14日に、Sちゃんの心臓は急に止まってしまいました。

水泳のクラブ活動中のことでした。

誰も、ご両親も想像もしていなかった出来事でした。

お父さんが、プールサイドから飛び込んで、Sちゃんを引き上げたのだと聞きました。

一体何があったのか?

まだ検査の結果が出ていません。

それを待つ時間も無く、昨日はSちゃんのお葬式でした。

わたしたちの職業では、毎週のようにお葬式の依頼があります。
そして電話が来たら3日後には演奏するということで、曲や典礼を急いで打ち合わせます。
家族や、神父さんとの話し合いが遅れると、当日初めて楽譜をもらって伴奏するものも中にはあります。

でも、近親の家族が幸いにみな元気にしているわたしと夫の場合、Sちゃんのお葬式は今までで一番辛い式でした。こんなに準備するのがつらかったことはありません。

お父さんとお母さんが気丈で、Sちゃんの好きだった曲や、最近ピアノで習って弾いていた曲など、メールや電話で打ち合わせして、オルガンで弾けるように楽譜を準備しました。

金髪で、カラフルな服が大好きだった元気なSちゃんのために、出席者は全員色彩豊かな格好をしていくことになり、トワイライトの「ベラの子守唄」とバッハの3声のシンフォニア・イ短調を練習し、娘と、宮崎駿の映画「耳を澄ませば」のカントリーロードのシーンを20回ぐらい観て音を書き取り、日本語のままの歌とオルガンとヴァイオリンで弾けるようになんとかぎりぎり練習して、当日は土砂降りの中、駅からタクシーで往復してもらってお友達みんなで教会に集まった。色とりどりの衣装。様々な色の花をいくつかのブーケにしたものが、車にも、棺にもつけてありました。


式のことを思い出そうとするとなんだか涙でかすんでしまってよくわからなかった、という感じですが、お父さんもお母さんも最初と最後にしっかりお話をされ、さまざまのお友達も手紙を読み、たくさんの馬に乗った少女たちに先導されてお墓まで長い長い行列をし、お花を捧げ、最後のお祈りが終わった後、彼女の中学校の体育館でサンドイッチと飲み物が出され、みんなで少し喋ってSちゃんの写真のスライドを見ました。



小さい姿の娘とSちゃんは、しょっちゅう一緒に写っていて、もう今では遠い遠い昔の思い出のような、楽しい楽しい時間を追体験しました。



お父さんが、

「この子は、こんなにやりたいことを全部して、楽しい体験をたくさんして、そして一番好きな課外活動をしている最中に天に召された。自分たち、家族は、彼女と共に暮らした毎日、一刻一刻が喜び以外の何ものでもなかった。後悔することはまったくありません。もう一度、この子との人生を最初からやり直すとしたら、一字一句変えずに、「句読点」の位置さえも変えることなく、やり直せます。」

と語った言葉が、今も胸に鐘のように鳴り響いています。

まだ泣きべそをかきながら、娘も、わたしたちも、新しい人生に入ったような気分になる。





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by momoyokokubu | 2011-06-21 22:00 | 家族生活

小さいけれどつながるもの | A little thing that connect

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水曜日、ピアノの生徒の腕に日本語がちらっと見えた。
チャリティ−で買えるんだそうだ。

小さいことでも、つながっていくことが出来るようなもの。
ゴムの腕輪はメッセージが入るからイヤリングや首飾りと違って意味が分かりやすい。
エイズの募金のための赤いリボンのように、文字が要らない装飾品も存在するけれど、
腕輪なら男の子も女の子も若い子たちはみんなつけている。

東北のこと、自分も今回行くことになる関東のこと、原発のこと、
ベルギーにいても、「誰とでも」その話が会話に上る。
原子力発電事故以来、日本の事故だけれどそれは世界の事故だということがはっきりしたからだ。

ピアノのレッスンの日にも、そうして若い人たちと政治の話をする。

それに、頑張れ、よりも
負けるな、
がすごく共感できます。
ただ頑張って働くよりも、もっと難しく大変なこと。
なんとかして、「最悪よりまし」に向かわなければいけないのだから。




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One piano student had a blue bangle, where I saw some Japanese writing.
She told me they sell them for the charity.

Bangles are good, as one can print some messages, unlike earrings or necklaces.
We know the red ribbon for the aids charity, but nowadays boys and girls wear bungles, and it must sell well.

A small thing, but that keeps us connected.

I think of Tohoku, and Kanto area where I am going to this summer, and I can discuss the subject with anybody I meet on the day here in Brussels : the Japanese nuclear problem is now the world problem.
On the piano lesson day too, I discuss about it with young people.

The translation of the red words on the bangle is:

"never give up nippon"

and that is more our feeling than "ganbare"= go on, make it, or work hard :
as we just have to make it less worse.
(I know, it's wrong gramatically, but we say in French moins pire also wrong in grammar - to show how it's already desasterous and hopeless of making it less)
A harder time than just work hard.




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by momoyokokubu | 2011-06-04 05:00 | 家族生活

ストリート・ミュ−ジシャン?! | Street musicians?!

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今日は、娘の中学の仲良しの女の子たちがうちに来て一緒に夕食を食べていて、私は少し具合が悪くて頭痛があったのに、学校の名物先生たちの物まねが面白すぎて、ご飯の間中げらげら笑っていました。

話がだんだん「道に住んでいる『名物な』人たち」に移ると、こんどは登下校の途中でいつも出会うホームレスの人たちの中にもいろんな人がいるという話になり、おもむろに娘が、

「あ、そういえば。これ、ずっと隠してたんだけどね。」

と話の勢いで話しだす。

夫がおもしろがって、持っていたスプーンをマイクのようにして娘の口に向けたら…

わたしも夫も、びっくり005.gifするような話だったんです!




「イースター明けぐらいだったかな。駅にいた時、『ボウリング行きたいなあ。』とひとりが言い出して。『でもお金ないよ。』『じゃあさ、この4人で、そこにハコ置いといて、なにか歌ったら小銭稼げないかな。』って決まったわけ。」

「なななななにそれ!?(わたしと夫は目がまんまるに。)」
(この4人の中には私のピアノの生徒ふたりと娘が含まれる。このひとたちは14歳です。もちろん外で歌うなんて、以前にしたことはない。)


「そしたらひとりのおばさんが、『これ、なんのために歌ってるの?チャリティー?』それで女の子のうちの一人が『ガールスカウトの活動なんです。キャンプに行く費用の足しにします(この子のおばあちゃんはベルギーでも有名な舞台女優…)。』『あらそれなら寄付してあげよう。わたしスカウト支持してるから。』…すっごい、いきなりそんな嘘が出て、けっこう自分たちもびびっちゃったの。」

「いろいろ一緒に歌っているうちに、高校生ぐらいの大きい男の人たちが来て、『お前ら、だせえ!歌下手!黙れ!』って怒鳴られたり、いろいろしたんだけど。そのうちに別の人にまた『この募金って何のためなの?』と聞かれた時に、なんとなく今度は『ホームレスをサポートする運動なんです』っていうのが口からでまかせで出た。(あいかわらず女優の孫がスポークスウーマンになっている)。

歌ってる間中、その辺にいた(というかそこに『住んでいる』)ホームレスの人が、ちょっと体を合わせてるみたいに動かしながらニコニコしてたんだよね。そしたら、もう、『このままボウリング行っても、お金一気になくなっちゃうね』みたいなことになって、結局小銭集計9ユーロたまったんだけど、『これさあホームレスの人にあげよう。』ってことになって。」

この流れにはビックリです。


でも、一番おもしろいのは、おちです。

毎日の通学路で出会うホームレスの人の中でも、一番困っている人を、みんなの意見を総合して、ふたり選出した(どんだけ詳しいのかね!?)。代表になった子が帰宅しながら、5ユーロと4ユーロに分けて、渡したということです。お皿のなかを見ても、普段は50セント硬貨もあんまり入っていないぐらいで、小銭ばかりしかもらっていないと思われるホームレスの人が、4とか5ユーロをもらってビックリしてなかった?と、その、代表で渡しに行った子に聞いたら、

「うん、その人とは顔見知りだから。こんにちは、ってたまに言うこともあるんだよ。足が切り落とされて一本しかないから大変なんだよそのおじさんは。お金渡したら、『きょうは夕食が食べられる!』って喜んだよ。」

と言う。


そして最後にみんなで言うには、
「『こんにちは!』って言って、ホームレスの人みたいに喜んでくれる人たちっていないよね。」
そーいう関係だったんだ。きみたちは。



娘にとっては初めてのストリート芸(?!)だったと思うのですが、そういうこと出来ないタイプだと思っていたのですごく驚きました。

きょうは、早く起きてピラティスに行き、自転車でコンサート関係のミーティングに行ったあとで、具合が悪くなってレッスンをキャンセルして午後中寝ていたのですが、気がついたら娘の友人たちが集まっていて、なんだかうちに泊まることになっていて、夫がゆでたらしいスパゲティを食べながら笑い転げたあげくにこんな「秘話」が聞けた。なんか、予定通りじゃない金曜日だったけど、笑ったせいか、頭痛も少し減ったような。


それにしても『最も困っているホームレスの人=一番なにかしてあげたいと常々思っていた人』選びを真面目にやっているようすが想像出来て、彼女たちらしくて、わたしには「ツボ」でした。

それも青春なのね。



街は不遇なひとたちもみんな包含して今日も回っている。
かれらが若いひとたちに呉れていたらしい愛情に、母として感謝したい。



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by momoyokokubu | 2011-05-14 06:38 | 家族生活

ものがたりのように | Like in a tale

035.gifIn English below035.gif

誕生日の朝起きると

自分のいつも座る椅子が飾り付けてあって

テーブルにはきれいに包んだプレゼントがおいてありました



というのは物語の中のはなしです。

だけど実際に(残り物の再利用で…)ちょっと夜中に努力してそれをやってみたら

14歳になってもやっぱり嬉しかったみたいです。

このアイディアはどのお話から来たものでしょう…

知っている人はうさこちゃんファン!
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Getting up on her birthday, she found her chair decorated.
And a wrapped up present waited her on the table.



It went like this, the story in a tale.

But I was surprised how it gave a good effect when we find some extra time to straggle a bit with recycled items at the midnight before the day, even at her 14th !!

Those who knows where this idea comes from, might be a Miffy fan.



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by momoyokokubu | 2011-03-01 00:59 | 家族生活