おるがにすと・クロニクル Chronicle of an Organist

momokokubu.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:鍵盤楽器( 105 )

2013年のための原風景

2013年も、ブログに新年の抱負を書く季節がきたな、どんなことを書けるかな、と考えるのが楽しみだったのですが、気がついたら節分をすぎ、抱負どころじゃなくなっていた、2013年初頭でした。おせち料理もことしは省略だったので、ちょっとオフビートな幕開けです…。

ことしの最大のイベントは4月に日本で演奏させてもらう3つのオルガンとの出会い、そこでの聴衆の皆様との出会いです。どの演奏会でも最高の演奏を出来るように、1月1日から着々とオルガンを弾きプログラムの準備を進めております。新年の瞬間も、プライベートな演奏会を弾きながら迎えることができました。今年も、「行け行け弾け弾け」の一年になると思います。

しかしせっかく考えた抱負をまったく書かないのも(自分が)残念なので、今日は書いてみます。辛い日にも、大切なことを忘れがちな日にも、なにかイメージがあれば、すっと「ああそうだった」と心が素直になる気がするので、いちいち「原風景」ともいえることがらを対にして書きます。


1。紙の「てがみ」を大事にする。

12月5日になるとクリスマスカードを用意します。クリスマスカードが届き始めます。わあ返事書かなくちゃ、お礼を言いたい人にも送らなきゃ、と思い郵便局へ行って切手を買い込みます。ある程度枚数を送ったところで15日になり、クリスマスのミサなどの関係であっという間に26日になっています。食事会も多くなるので持って行ける人には家族全員でサインしてせっせと持って行き、年末になり、お正月が来て、今度は日本から年賀状が届きます。本当にありがたいことです。しかし1月1日からミサがあったりのんびりしているうちに半分以上のカードを送り損ね、メール版の電子お年賀のようなものをまとめて送ってしまうと紙のカードの方はほぼ不要品と化す。

演奏会のちらしでもお祝いでも、郵送しようと思うと封筒が手元になかったり、引っ越したという情報を書き留めていなくて住所がすぐにわからなかったり…(ベルギーでは「郵便局」も10分の1ぐらいに減ってしまったし)

いま、手元にたまったカード(書き込んで、サイン済みのものも)、招待状、クリスマス用切手(3年分ぐらいあります)を見ると、「嗚呼。」と(漢字で)ため息が出ます。最悪なのはプレゼントしたいと思って買っておいた品物も包装したままでそこにあること。

現代ではメール、携帯を使えば、ぎりぎりでも必要事項を返事したり、お知らせすることが出来るので、ますます手が怠けてしまうようです。たまった書くべき手紙類の一角をなんとか切り崩して、今年はちゃんと「てがみ」をしたためて、投函できるような机周りの整頓を決行!コンピューターが便利すぎて、ちょっと「マインド・コントロール=操られて」いるかもしれない、という気もすることだし。

055.gif「エハガキの原風景」
私が1歳のとき、父が海外出張に行った折にハガキを送ってくれたことがあります。父の肉筆で何か書いてもらう機会も実はめったにないものですが、父の「お絵描き」をもらったことは、あとにもさきにもこの時だけでした。もちろん1歳なので受け取った時のことは覚えていないのですが、そのハガキは今でもあります。うさぎとくまの絵が、サインペンで描いてあるのです。1歳の子は字を読めない、でもそんな小さい子にもハガキを書いてみようと思った父の気持ち。何故自分は父に愛してもらったと知っているのか…、このハガキを見るたびに思うのです。まあ、わたしのクリスマスカードにはそんな威力はないのですが、それでも。心に「エハガキ」を一枚貼付けて、精進したい。

2。家を完成させる。

オルガンを階下に入れる、といいながら、オルガンはまだ入らず、先にグランドピアノが入りました。ヴァイオリンのコンクールをすることになった娘の伴奏のため、というのが切羽詰まった理由ですが、夫も作曲をするのに台所のアップライトではいまひとつ音楽の許容量が足りなくなって来たこと、家でのピアノレッスンと家族の練習時間が重なったとき不都合なこと…そして良い音のピアノに出会ったことがその他の理由です。そうするとチェンバロは隣の部屋に移動。その部屋にあったベッドも移動。いろいろ移動しまくっているうちに、内装とその部屋の家具がどんどんちぐはぐになって行きました。使っていなかった家の部分が今は最大に利用されている感じです。あとは地下の手つかずの空間も残っています。娘はヴァイオリンなので夜10時以降、朝8時以前の「近所用許容練習時間」外にも練習できる環境が必要になってきました。私たちも昨年なんとか事務室をほぼ完成できたので、あとはまだできていない階段のペンキ塗りを含め、家全体を整えたい。家の一部が常に工事中のように見えるストレスから解放されてみたい。あと少し、の片付けも頑張りたい。庭に、静かに祈るスペースも作りたい。

056.gif「家の原風景」
現在の家ではないのですが、初めてベルギーに来て、夫と入籍した年に二部屋と台所付きのアパートに住みました。そのアパートを探したとき、わたしはまだひとことも仏語を話せないので、新聞などの情報を見ても意味がわかりません。紙媒体は夫にまかせて、暇だった自分はとにかく鉛筆と紙を持ってブリュッセル音楽院の周辺を歩き回りました。窓に「貸します」の張り紙があれば、値段とそこの住所と連絡先の電話番号を書き留めて行ったのです。ある日、建物の間の細道を下って行くと急に視界が開けて、鉄細工のはまった様々な扉のある、美しいゆるやかな曲線の道なりを作っている家々の一角にぶつかる場所があり、その丸みを帯びた角の家に「貸し部屋」のオレンジの紙が張ってありました。そこが少し魔法にかかった場所のように感じられて、夫の当時住んでいた部屋に戻ってから「素敵なところがあるよ」と住所を教えると、その日、夫も新聞で同じところを見つけていたのです。音楽院と楽譜屋さんのちょうど中間地点の物件らしいから、と、新聞広告に丸をつけてあった。今の家も、(母の表現を借りれば)「家に呼ばれて」住みつくことになった経緯があります。万年工事中ではせっかくの魔法も消えてしまうので、「家は、住人として選んでもらった、もともと魔法の場所である」という敬意のようなものを忘れないようにしたい。


3。豊かに年を重ねたい。
これは!これこそは2013年の第一の抱負です。今年はもっとジョギングしたり、女性のチャリティレースに参加したり(マラソンよりもっと短いやつ!)、ピラティスも昨年は規則正しくできたので、ちゃんと続け、早寝早起きや食生活のことも含めて、なんとかこの、ちょっと早い「閉経」の毎日を乗り切りたい。本当に調子が狂いっぱなしなのです。しかしこれは面白い現象ではあります。この寒いのに上半身が暑くて暑くてどんどんセーターとか脱いでしまって、「ほかほか〜」!!かと思えば、急に寒くなりまた全部着直す…それに夜中に暑くて目が覚める、また、涙もろくなったり、腹が立ったら普段の3倍のスピードで沸点に到達してしまう!感情的で、怒りっぽい人、泣き虫な人の気持ちがこんなによくわかるようになるとは。でも、そのせいできっと演奏も変わるだろう!すっごく豊かな、良い演奏ができるようになるかも(常にポジティブ。)…と思ったら…弾く前に、以前はなかった「緊張度の高さ」!!わあああ「緊張しい」の気持ちまでわかるようになってしまった!夫は「僕、髪の毛白くなったねえ。」と今日初めて言いました。毎日少しずつ、を私は見て来ているから知っているけれど、彼は今日までそういう目で鏡を見ていなかったのかな。毎朝血圧をみんなの分計り、記録して、夫とたまにジョギングして、娘とたまにピラティスに行って。食事もできるだけ添加物を摂らないように、消化吸収のオプティマルな「エネジー・キュイジンヌ」に倣いながら。健康で、また大勢の人に聴いていただいて、大勢の方にお会いできる一年にしたい。弾くことを通じて、たくさん祈り続けられるように。

053.gif「親としての原風景」
娘が16歳になるのだから私だって年を重ねてきたわけだ。妊娠した当時、「このままオルガンの仕事をどうやっていくのだろう。まだまだ勉強しなきゃいけないことだらけなのにどうやって親になるんだろう。」と、頭のスイッチが急にふたつできたようで、どちらをオンにしたらいいかパニックになっていた。自然に「お母さんスイッチ」が入って、「娘の18歳(ベルギーの成人)までは自宅をベースにした仕事を中心にしてお母さん業と両立していこう」という風に決まっていったのですが、その「娘の18歳」まであと2年になった今年、演奏会を夫婦ともに少しづつ増やして行ける状況が見えます。今でも鮮明に覚えている夢は、娘が生まれて2週間ほどたったころのことでした。広い、コンクリートの屋上のようなところで、わたしはのどをからからにして走り回っています。何かを探している。何を?…あった!あれみたいだ。むこうに、たくさん靴箱のようなものが置いてあります。フタがしまっているもの、しまっていないもの…。その中のひとつに、ひからびた「うちの赤ちゃん」が入っていたのです。ずっと、面倒見るのを忘れていたら、あかちゃんがひからびてからからになってしまった。…これは…ノーコメント…。今でも思い出すと冷や汗が出ちゃう。でもそこからの出発でやっとここまできた。若い頃に戻りたい?も・ど・り・た・く・な・い。そういう、反面教師な原風景。


さて来年の1月にこれを読んで、私は一体何を思うのか。45歳になる年に「人生のおへそ」かな、と面白い気分になりながら、ひとつき遅れの抱負でした。










にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2013-02-06 04:37 | 鍵盤楽器

春の「ニ短調を巡るオルガン・デュオ・リサイタル」

(最新画像に差し替え、文章の書き足しをしました:1月9日)


e0203829_381115.jpg


e0203829_315418.jpg



2013年4月15日(月)、東京都武蔵野市民文化会館小ホールで自主企画しているオルガン演奏会のちらしが出来ました。小ホールには400席強の座席がありますが、今回は中央の200席のみの販売になります。マネージメントはCDの流通もお願いしているマーキュリーさんです。

(追記)
武蔵野市民文化会館でのチケット販売は窓口に出向かれての購入のみになりますので、電話その他でのご予約はマーキュリーさんの方でお願いします。
電話:03ー5276ー6803、メール:info@mercury-coo.com


前半に新しいCD「バッハとニ短調」から、ポピュラーな「小フーガト短調」や「トッカータとフーガ二短調」を弾きますが、後半には、バッハに影響を与えた、当時の即興演奏スーパースターのブクステフーデの作品や、バッハに影響を受けてオルガン曲を書いたメンデルスゾーンとマルセル・デュプレの作品を弾きます。第一教会旋法「ドリアン」の流れを汲む「ニ短調」という同じテーマでも、時代によって様式や趣味がこんなに違う、という点を味わっていただきつつ、最後にそれを総括するようなかたちで即興演奏を楽しんでもらおう、という趣向です。

現在ブリュッセル大聖堂の第1オルガニストで、即興と作曲の仕事もしている夫のグザヴィエが後半を弾く、という部分は、毎年来日していない夫にはチャレンジでもあり楽しみでもあるのです。わたしは即興を聴くとき、限りなくその人の世界が広がるのが楽しく面白く、今回はぜひ即興で締めよう!と提案したのでした。

即興を弾くのは難しいが、聴くのは本当に面白い。そのことにわくわくしつつ、前半を弾くわたしは、「よし、すっごく楽しい前座にするからね!トークもついて、後半を聴くまでにみんなでもりあがりましょう!!!!」と、いう気分に、すでになっています。

自分たちはたまたま夫婦ですが、夏に、夫の同僚のもうひとりのブリュッセル大聖堂のオルガニスト、バルト・ヤーコブさんが、夫とふたりで前半後半を弾いた演奏会を聴いた時も、タッチの違いや、ノリの違い、レジストレーションの違いや大曲が次から次へと出て来たりやる気てんこもりな様子(ふたりで半分ずつ弾くので勢いがすごかった)がすごく楽しくて、

「ジョイントコンサートはすごい!」

とすっかりおすすめムードになってしまったのです。

師走の中、春の行事のおすすめになってしまいましたが、この冬、たっぷりエネルギーやアイディアを仕込みつつ準備して行きますので、興味のある方はぜひ!聴きにいらしてくださいね!






にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2012-12-21 00:59 | 鍵盤楽器

Concert "Bach in d-Moll" 14/12/2012

e0203829_7104657.jpg

e0203829_711129.jpg



Vous êtes cordialement invité au concert du sortie d'un nouveau CD:

Bach in d-Moll
le vendredi 14 décembre 2012
à 18h30

à la Cathédrale Saint Michel et Sainte Gudule de Bruxelles
Parvi St Gudule
B-1000 Bruxelles
Orgue:Momoyo Kokubu

*L'entrée est gratuite
*La vente du CD et la petite apéritif à la sortie

e0203829_7213484.jpg


e0203829_721402.jpg



新しいCD「バッハとニ短調」日本発売(マーキュリーより2013年1月予定)に先駆け、ベルギーでCD完成記念オルガンリサイタルを行います。
2012年12月14日(金)
午後6時半より

聖ミシェル聖グデュル大聖堂にて
住所:
Parvi St Gudule
B-1000 Bruxelles
(ブリュッセル中央駅から歩いて3分)
オルガン:国分桃代
演奏会後にはCD販売と、アペリティフを用意していますので、どうかお気軽にお越し下さい。




にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2012-12-06 07:24 | 鍵盤楽器

東北のオルガニスト(4)

東北のオルガニスト(3)の続き、仙台での日記、完結編です。

7月27日(金)。

6時半に起きて温泉につかり、前日のようにおいしい朝ご飯を頂きましたが、「牛タンカレー」と書かれたおなべもありました005.gif。朝ごはんに板チョコを食べているベルギーのみんなに、「仙台では牛の舌のカレーが朝ごはんに出るんだよ!」と言ったらびっくりするだろうなあ〜と思いました。
午前中は仙台北三番丁教会。少しホテルから遠いので、9時にご自分の宿舎からタクシーに乗って来た参加者の末次さんがわたしも拾ってくれて、一緒に到着。9時半から11時は講演その2、ということで前回の古典派の時代から一気に現代までの歴史を話し、あとはポジティフオルガンでフロー・ペーテルスの小品などや、リードオルガンでフランクの「ロルガニスト」を弾き、解釈の点で少しお話し出来ました。

ベルギーの歴史を中心のお話にした前回も、オルガン台にのぼって演奏しつつ「これがベルギーが出来る以前にその地域がフランスだったころのご当地オルガニストの作品です」「これはスペインの影響を受けた時代の作品です」と、レクチャーコンサートにすることも出来たのですが、夜の部はそのオルガンで演奏会だったこともあり、デモンストレーションは控え、「なぜベルギーの文化はさまざまな外国の影響の上に成り立っているのか」ということをお伝えしたいと思いました。

しかし、自分は歴史の先生ではなく、やはり演奏解釈の方が慣れているので、この日、楽器を使って弾きながら説明するスタイルは楽しくて時間があっという間に過ぎました。この日を境に、実は「ベルギーの演奏様式とでもいうべきものが存在するのではないか」という思いが強くなり、以来王妃エリザベートコンクールの今年の演奏(ヴァイオリン)を思い起こしたり、秋になって他の楽器も含む演奏会などを聴くにつけ、だんだん「ベルギーらしさについて」という視点で見るようになってきた気がします。住んでいる場所を離れ、仙台でお話させていただく機会を与えられたことで、自分の「地元」の特色について考えるきっかけになったのです。

来年からベルギーで夏のオルガン講習会を始めますが、主題が何であれ(イタリアの音楽、とか、バッハの音楽)ベルギーのオルガンを使って演奏する講習会でもあるので、きっと「地元色」の出るものになると思います。そうしたいろいろな要因を超えて、私はただ、日本人の自分であるということも、考えたら不思議なことです。自分は何なのだ?とい問えば、「自分はまずクリスチャンだ」という気持ちも、仙台で強まりました。仙台教区が活発に音楽の取り組みをしていること、仙台の街にたくさんの宗派のキリスト教会が存在するのを見たこと、キリスト教団教区の講習会にはカトリックの方もプロテスタントの方も集まっていらしたこと。震災支援の(超教派?)エマオの存在を知ったこと。

ブリュッセルでの自分の生活でも、ちょっとしたことの積み重ねで、「いさかい」や「すれちがい」があり、もめたり、けんかしたり、そんな中でも「そういう態度はキリスト的か?」と、再考できるということが、日々「すべては愛を持って行わなければならない」という世の中でもっとも厳しく、且つシンプルなオキテを結局は一番大事におもっていることの証だとちょっと確認しました。
けんかせずに人と仲良くしたい、とか、良い音楽をしたい、とかそういうこととは別の次元のことなので、「日本人である自分」などを超えて、ある種の命綱になっているな、と。

そこから、「Soli deo Gloria」と譜面の表紙にでかでかと書いたバッハを代表とする、さまざまな国のさまざまな時代のオルガニストたちの信仰との接点を見いだす気持ちもあります。ベルギーで、完璧でニュートラルな様式よりもヒューマンな様式が好まれることは、「それも愛だから?」とキリスト教との接点を見いだす、住人その1でした。

キリスト教は宗教なのか?答えはイエスですよね。

でもキリストの愛は宗教なのか?
キリスト教を信仰していない人たちからも、日々たくさんの愛を受けているという事実は?
答えはもちろん…。

話が逸れました!

折ブログ「東北のオルガニストシリーズ」の最後を飾る写真はこちらの若い方達。
「これから」の、東北のオルガニストの皆さんです!


e0203829_23484080.jpg



高校の先生と一緒に可愛い制服姿で参加されてました。
自分の生徒たちや娘と同年代の人たちを見たら、理由もなく胸がきゅんとするものです(理由はあるのだろうが、何か思う前にすでに胸がきゅんとしてしまうのだ)。奏楽やオルガンを頑張っている人たちばかりが大勢集まった講習会でしたが、このような若い人たちも参加出来る形態になっていることも素晴らしいし、夏休みの始めにこうしてクラブで参加(サークル?)されていることもいいなあ〜と思いました。


ほんとに来られて良かった。



と思ったことを最後に記しておきます。
この日の午後の個人レッスンはわたしは参加しなかったので閖上(ゆりあげ)へ末次さん運転のレンタカーで行って津波の惨禍をこの目で見ることもできました。閉会礼拝は参加者の方の演奏や合唱で、音楽講習会にふさわしく美しい音楽でしめくくられました。参加者の方たち、主催者のみなさん、ご苦労様でした!とっても楽しかったです。どうもありがとうございました。


にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2012-12-05 23:59 | 鍵盤楽器

「礼拝と音楽」155号(2012秋号)

「礼拝と音楽」155号(2012秋号)はリードオルガン特集です。

e0203829_2011299.jpg


その中でハルモニウムの記事を載せていただきました。

日本や北アメリカでは、ふいごの仕組みの違いから、吐気式のがハルモニウム、吸気式のがリードオルガンと呼ばれています。ヨーロッパにいると実は吸気式なのにハルモニウムと呼ばれている楽器も存在したりして、一概にはいえない所はあるのですが、私の感覚ではストップ・リストを見れば一目瞭然である、と思われます。そのあたりの違いが、「礼拝と音楽」のいくつかの記事を合わせ読むとよくわかります。私は大人になってからイギリスとベルギーで音楽を学んだので、ハルモニウムと呼ばれるものの方が音としては親しみがあります。しかし子供の頃、日本で出会った足踏みオルガンは全てリードオルガンだったと思われます。ストップ・リストを思い出すまでもなく、音色が違いました。

さて、「ハルモニウムが吐気式?意味がよくわからない…」という方もいると思います。吐気と吸気の原理を、ハーモニカを思い出して考えてみましょう。


小学校で吹いたハーモニカ。ドの場所に口を置いて、吹くと「ド」、吸うと「レ」が出ます。
ミの場所に口を置いて、吹くと「ミ」吸うと「ファ」が出ます。

…ちなみに、シの場所に口を置いて、吸うと、シが出ますが、次のドを「吹く」ためには口を次のドの位置に移動します。(ドレミファソラシ、は全部で7つの音でできているので)現在のクロマティック・ハーモニカでは、シの場所でもドが出るようなので、シの場所でもドの場所でも「吹け」ばド。さらに、「レバー」をかけることで全ての音が半音上がる(つまり#になる)しくみのようです。私が小学校で昭和50年代に使ったハーモニカは、学校用ということで「ダイアトニック式」で、シャープは出なかった気がします。また、シの場所でドが出なかった気がします。記憶は定かではありませんが…話が逸れました!

ここで言いたいのは、ハーモニカは、吹いて、吸う、というように「呼吸」というものが(文字通りだと、呼んで、吸うですね)その繰り返しであることを利用している、珍しい「管楽器」であるということです(吹くのみで鳴るフルートやオーボエとは違う)。共鳴させるための管がついていないことで管楽器とも言い切れないので「リード管楽器」になるのでしょうか。

ハルモニウムやリードオルガンは、(口ではなく)両足で空気を風箱に送り込む構造なので、足で踏んだときに空気が吹くしくみにもできるし、空気を吸う仕組みにもできます。扇風機のモーターが回ることで風を「吹かせたり」、掃除機のモーターでは「吸う」しくみになったりするように。

ハルモニウムは、そこを「吹く仕組み式」にして、発明されました。

まず、ハルモニウムの「おかあさん」であるパイプオルガンのふいごは「吹く仕組み」です。大パイプオルガンや、ポジティフ・オルガンに含まれることのある「Regalリーガル」ストップこそが、ハルモニウムのご先祖なのですが、普通のパイプも金属のリード板も同じふいごと「風箱(空気をためておく箱)」を使って鳴らすのですから「吹く仕組み」です。

ちなみに、ハーモニカの起こりは、パイプオルガンを調律するための「笛」でした。リーガルのリードをひとつ笛の中に入れて携帯しよう、と作ったのがドイツのオルガン建造家の人だったらしいです。そういえば、ア・カペラ合唱の指揮者が「La~」と鳴らした音が音叉の音と違うので、見たらまさしくこの「リード笛」だったりすることがあり、ヨーロッパでは今でも出回っているようです。

北アメリカに渡ったハルモニウムは「吸気式」になり、一般化されてリードオルガンの名称で生産されました。吸気式のリードオルガンは空気が安定していて弾きやすいということが一般に言われますが、ハルモニウムもエクスプレッションのストップを入れないで弾けば、足踏みが不定期でも風箱内の空気は一定に保たれるので空気量は安定します。ただ、出だしの音が出しやすいのは吸気式=リードオルガンです。そして、ハルモニウムは、エクスプレッション・ストップを入れて、ニュアンス豊かに演奏出来る、ということこそが特徴なので(パイプオルガンにはできないことが可能である、という点で)空気を安定させるということは表現力も減る、ということではあります。リード・オルガンの空気が比較的安定しているのは吸気式だからで、空気安定装置がついているからではない、と私は理解しているので、表現力は同様にあると思います。ただ上記のように構造が違うため、表現するための技術が違ってくると思います。

というわけで、吐気式と吸気式では、演奏するレパートリーが違う、音色が違う、そういったところでリードオルガンとハルモニウムは違う。と述べることは出来ますが、基本的に両者の置かれた現状は近いものがある、それを今回の「礼拝と音楽」の特集はよく総括しているように思います。

わたしの書かせていただいた記事では、ジャン・ラングレ(20世紀のフランスの作曲家)のハルモニウムのための小品をふたつ例にあげて、レジストレーション指定の読み方を主に記しました。一曲はクリスマスの「ノエル変奏曲」です。難しい曲ではありませんので、この12月にむけて、ハルモニウムをお持ちの教会の方や、ストップの似たものを利用することでリードオルガンで演奏できそうな方は楽譜をぜひ見つけて弾いてみてください。(見つけられない方はメッセージを頂けたら探すお手伝いをします)

次のブログではハルモニウムの「大曲」として、カーグ・エラートの作品のレジストレーションを読解したいと思います。「礼拝と音楽」の記事で紹介した「芸術ハルモニウム:Harmonium d'Art」と呼ばれる大きなハルモニウムに付属していて、記事にはページ数の都合で載せられなかった機能について説明できたら、と考えています。

「礼拝と音楽」155号(2012秋号)はここで購入出来ます。


にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2012-10-24 21:29 | 鍵盤楽器

現代作品のオルガン演奏会

ジャン=ピエール・ドゥルーズJean-Pierre Deleuzeの「4つの俳句によるエヴォカシオン」から抜粋の2曲を含むプログラムで、きょうのランディ・ドルグLundi d'Orgueコンサートを弾きました。

e0203829_0395288.jpg

e0203829_0382354.jpg


ベリギー人、ドゥルーズの「4つの俳句」は、札幌キタラホールの第6代専属オルガニストだった(やはりベルギー人の)ジャン=フィリップ・メルカルトさんが、2004年に委託し、キタラで世界初演された作品。

2007年にはQuatre Haïku : Évocations Poétiques pour Orgueという題で、ブリュッセルのCebedemから出版されましたが、こちらの第2曲目は当時の作品より長い新しいヴァージョンになっています。

昨年、私は印刷された版を持っていなかったので、手稿譜のオリジナル・ヴァージョンでその第2曲目を弾きました。その時は演奏会の数日前に「こっちが最終版なの。」と言われて印刷された版を渡されたけれどすぐには弾けず、今年、リベンジ。と思い練習していました。でも、先週になって、ドゥルーズ氏は今日の演奏会には来られないということになってしまいました。ところが、よく考えてみると、最終稿のヴァージョンは世界初演になります。作曲家が来てくれないと「お祝い」にならないので(折角なのにもったいないので)、第2曲は別の機会に弾くことになり、急遽第1曲と第3曲を弾くことにしました。

正岡子規の「鴛鴦(おしどり)の羽に薄雪つもる静けさよ」

与謝蕪村の「霜百里船中に我月を領す」
の2曲です。

プログラムのその他の作品は、現代曲を生かすために、不協和音が日常言語に聴こえるように組んでみようと決めていました。演奏会の最初は仙台でも弾いたベルギーのバロックの作曲家の作品なのですが(このシャコンヌ大好き)、内容が進むにつれ、「住んでいる世界が湾曲して時空が歪んでゆく」という流れのプログラム。

俳句が冬のものふたつになってしまったので、途中で「赤とんぼ」のテーマで即興することにしました。変ホ長調の、ゆうやけこやけのあかとんぼ。お客さんは「美しいメロディーねえ〜!」と感心していました。オルガンの様々なレジストレーションに載せて、この聞き慣れたはずの旋律を弾いていると、音楽としての可能性が随分あるなあ、とわかりました。こうすると決めていた訳ではないのですが、途中から即興がお祭り風になってきたりして、自分でも意外でした。

それにしても、「こやけ〜の」と「あかと」のところの音符、歌うのすっごく難しくないですか042.gifこれ子供たちも歌ってるんですよね!なんかすごい。

アルペジオみたいになったあげく、6度急降下。ペダルで主旋律を取ってみたら、飛ぶので思いがけず難しくてびっくりしてしまいました。日本の旋律を再発見…。

ドゥルーズさんも好きだと言うメシアンとラングレも、ルーツがわかるかな、と思って入れました。

ラングレでは、思いっきり半音階の和声で「へろへろ」な方向に行ってしまうのにも拘らず、フーガです。だから時間的な構築はしっかり規制されていて、不協和音も「普通の5−3の和音」を弾く手つきでをきゅっきゅっと入って行く。そういうアプローチだと、優しい普通のタッチなのに、どんどん不協和音という「(重いはずの)緞帳のひだひだの奥の方」まですううーっと開けて入って行けるような、不思議な力が与えられたような感じが味わえました。

最後は簡単に一息で終結する、軽いけれどメロディックなフレンチ・トッカータにしました。

チャレンジングで、楽しい、演奏会だったけれど、準備が大変でした。どうやって弾くか、まだ一般論がまったくない譜面。ある意味自由なのですが音の練習と曲想の模索が同時に続く。俳句の第2曲もひき続き練習したい(大祇の「白雨(ゆうだち)のすは来る音よ森の上」)。最後の第4曲(松尾芭蕉の「荒海や佐渡に横たふ天河」)も来年は弾きたいです。津波を彷彿とさせる、怖いような曲。

これからずっとピアノの上に置いておいて、ずっと練習していかないといけない、というか、もっとこれからも使って行ける、「お楽しみはこれから」な、楽譜。演奏会が終わっても、まだまだ私の中では終わらないタイプの演奏会、それが現代物を含む演奏会です。

(ドゥルーズさんは日本のテーマだけでなく、透明感のある不協和音の使い方のフランスの系譜。印象派が北斎にも影響を受けているのなら、日本の様式もある種の透明感に通じているのでしょうか。彼は、更に宗教的な感覚も入っています。この秋、演奏会ふたつで歌唱の作品を聴けるので、楽しみ。)







にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2012-09-25 01:51 | 鍵盤楽器

オルガン演奏と体力の関係

7月27日(金)講習会第2日目(その1)

(のレポートを書こうとしているのですが、余談があまりに長いので題名変更しました)

6時半に起きて、何が嬉しいかというと7時にもう温泉に入れること。昨晩の猿の話ではないけれど、自分がおさるさんになったような気分でお風呂につかりました。サル年の自分にとって、一年に一回温泉に入れる年は幸せな年。

余談ですが、体重計があったので乗ってみたら、体重が普通と同じでした。

このことは実は不思議なことです。

演奏会の日のあとは1キロ減っているのが習慣。夜遅く食事しても、演奏会でちゃんと「ガソリンを消費」した証拠が出ます。なのに仙台では、初めてその記録を破った!

前日から宴会をして。
朝ご飯もお弁当も充実して。
その上で演奏会後の宴会、お酒も飲む。

この3日がかりの栄養補給で演奏会のエネルギーが「身を削らなくとも」供給できたのだ。

今まで国際コンクールに6回出場しながら、折角行った決勝で「もう家に帰りたい。」とやる気が持続しなかった自分。体内のアドレナリンが、準決勝で使い果たされてしまう。決勝の朝、「ええ〜弾きたくない」状態になる、あのいやな気分。2000年のマーストリヒト決勝で、ザットマリー先生には「準決勝良かったからせっかく奥さん呼んだのに〜」と言われてしまったぐらい、良い演奏が出来ない。このあと制限年齢にもなり、コンクールには出ていません。

30台のころにもう少し体のことを考えていれば、もうちょっとましなコンクール体験になったのかどうか?まあ、万全でも「与えられる結果」は変わらなかった、ということは大いにあり得ますが、自分の気持ちの満足するように最後まで弾ききれなかったのは、やはり貧血とか、体力温存の仕方がわかってなかったとか、いろいろあったのだと思います。

その後も、演奏会のあとには必ず体重が1キロ減る。それを1週間ぐらいでもとに戻す。というのが「普通」だと思っていたので「そんなにたくさん演奏会したら死ぬわ〜。」とどこかで感じていました。

でも、仙台の夜の演奏会は、実に会心の演奏だったではないですか(そうなんですよ)。
それで体重も減ってない。
このふたつのことにはなにか関連があるはずだ。

この件、実はこの夏1か月の間、随分ひっかかっていたのです。

オルガンコンクールをやっている皆さんにもぜひ一考してみてもらいたい。
やせてて体力の万全でない状態でコンクールをやるのは音楽のためにならないのではないか、ということを。

太れば良いということではないのですが、オルガンの問題は:

1。音がでかい。(耳も頭も消耗する)
2。本番直前の練習時間が死ぬほど凝縮している。(練習してあっても、鍵盤交代や音色、ストップ操作を整えるのに手間ひまかかり、3時間X2回の練習で1時間の演奏プログラムならぎりぎり)
3。本番も、鍵盤交代、ストップ操作を頭に入れつつ弾くので、恐ろしく集中する。(楽譜を暗譜してる人はそこで余裕が生まれますが、普通はオルガニストは譜面を見て弾く。レジストレーションを書き込むので)
4。知らない人と息を合わせながら弾くので気を使う。(アシスタントの方と密着しがちなので)
5。5声のフーガとか、複雑であったり、内容が重いことが多々ある。(受難節系の内容とか)

などがあります。本番前にも結構家から出掛けて教会に通いつつ練習するなど、なかなか活動的であることを要求される。教会に行けば(事情を知らない堂守などに怒られたり鍵がなかったり)まあいろいろ精神的にも厳しい。

ひとりで弾く楽器だし、自由で楽しい音楽生活のようですが、これは体力のいる楽器です。

パイプオルガンを始める人は腹筋体操(ベンチから落ちないため)と柔軟体操(足をつらせないため)を同時に薦められることが多いです。オルガンを弾き慣れてくると、そこまで準備体操は必要なくなってきますが、演奏会を控えている場合、練習しすぎたあとのストレッチと、三食きちんと食べる、これを私は提唱したい。三食食べる、ではなく、「きちんと食べる」です。

その重要性が今回、仙台で実証されたと思います。

ストレッチの件は、四十肩になって以来、ピラティスで改善したのを維持したいので、ブリュッセルから仙台に飛ぼうとも、ヨガマットは持参しました。トランクが小さいので半分に切ったけど、こういうのがあるとこまめにやりたくなるものです。
でも、

「食欲が出ないなあ〜」

ということの件についてはあまり深く考えてこなかった気がします。
練習すればするほど体力を使うのに、なぜか食欲は無くなって行きます。
純粋なスポーツと違って、わっとおなかがすかないというか、演奏のことばかりに頭が行って気もそぞろになるのだと思います。

ところが仙台では、よくある「はい、これがオルガンの鍵です。明日の一時の講習会でお会いしましょう」という待遇の真逆であった。(詳細は前日、前々日の記事参照)

知らない町で、ホテルは朝食込みでなく、「昼食、夕食も個人で食べておいて下さい」という場合、「わあーい一人旅!」という愉快さはもちろんありますが、演奏会には向かない、ということです。

どこで何がいくらぐらいで食べられるのか、練習時間が食事時間とかち合ってしまった場合、変な時間に食事出来るところはあるのか、…それが無理でお弁当を買って来たとしても教会の堂内ではさすがに食べられないから食べる場所がないけど、ホテルは遠い、など。そして、まあ、楽譜なんか読みながらもそもそ食べるから半分しか食べられなかったり。

20台のころはサンドイッチの立ち食いして、走ってそのまま練習に戻ってもピンピンしてましたが、折角演奏に深みの出てくる30台になってちゃんとごはんを食べられず良い演奏ができないとしたら本末転倒です。それでも、信仰をはき違えるというか、教会に携わっていると、食事も貧しくするのが良いとなんとなく思ったりして、ごはんを抜いても「駄目なんじゃない?」という心の声は案外聞こえてこない。

また、芸術なんて趣味の延長なんだから経済価値は低いのかもしれない、とどこかで感じてしまうために、寝食のことは祖末にあつかったり。

ただ、練習をそんなにしない季節もあって、その間はよく寝てよく食べられるのでしっかり肥えることもあります。しかし演奏会の季節にその体力をうまく流用できるかといえば違うみたいです。その日のエネルギーはその日供給する必要がある。このことも、貧血気味で、毎日鉄分を朝一番に飲む自分は実感できていたはずなのですが(毎日少量摂取しなければダメらしい)、仙台では毎日毎日心も充足したけれど食卓も素晴らしかった。そのお陰で演奏も1時間しっかり出来て体重も減らなかった。

これから、中年太りで体はどんどん「プヨプヨ」になって行くとは思うのですがそうした「見た目」のことは別として、どうやって健康で、良い演奏をしつづけていくのか、まじめに考えさせられた大きな体験となりました。

自分は未熟で良い演奏が「まだ」できない、と考えているオルガニストのみなさんに、「ちゃんとごはんたべてますか〜」と訊いてみたい。わたしも夜中の10時から録音し始めて、朝の6時にうまく弾けないときにはさすがに「自分はまだダメだなあ〜」とは思わなくなった(以前はあらゆることは「まだ」ダメなんだとつい思っていたと思う)。けれども自分が「自分の子供」だったら、どういう練習の一日を過ごさせるのが理想的か?と自分から少し離れて「重要な件として」考えてみたりすることも、無駄ではないと思います。

ただ、あまりに条件をつけすぎて、外から見て「演奏家は贅沢でわがままだなあ〜」と思われないようにしなければなりません。オルガニストはいかなるときもクールに、動揺、不満、哀しみを心に秘め、…

…このつづきは、知る人ぞ知るぐうたらオルガン入門を参照して下さい。(セシリアさんに紹介してもらって昨日初めて読みました。なかなか正しくて、最高に可笑しい。「名古屋オルガンぐうたら会議」も、この文献に基づく会議のことだったらしい。)

工夫して、心からの「良い演奏」をガソリン満タンで行うこと。
そして、皆様に
「そうかそうか、そのためのわがままであったか、それならばよしとしよう」
と納得していただく。

常にこれを目指し、これから頑張ってみようと思います。
と、いうわけで仙台講習会2日目のレポートは次回。

実は演奏会準備中なので、次いつ書けるかわからないのですが…
本当は仙台のこと全部書き終えてすっきりして練習行く予定だったんですが…
まあ、気がかりだった件について書けたので、納得できました(自分のために書いてるなあ)。

練習、行ってきま〜す!

にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2012-09-19 19:40 | 鍵盤楽器

東北のオルガニスト(3)

7月26日(木)のできごと、そのつづき。

(現在は9月17日なので、夏にあったいろいろな出来事についてもようやく振り返れるかと思われる落ち着いた秋が到来。わたしもそこらへんでばたばたしていないで原稿に向かおうと思い立ったので、日記をひもときつつ、7月26日の暑い最中へ心は戻りたいと思います043.gif

演奏会が終わったあと明日の講演の続きの心配もあるのですが、まずはごはんを食べに。
再びセシリアさんの予約で自然派ワインと炭火ビストロの店Noteへ。

教会からお喋りしながら歩いて行ったのですが、ここで私もたくさんのオルガニストの方と自己紹介などできました。講演のあとグループにわかれてレッスンがあったのですが、そのアトリエを教えた先生たちと参加者の皆さん。

お店は道からテラスのような小さな中庭を通って中に入ります。
フレンチ、と聞いていたけれど、ノート、は覚え書きとか書き留めるためのノートとかの意味の他に「音符」と言う意味もあるので、ブルー・ノートのジャズの雰囲気も感じられるのかな、というのが第一印象でした。

席についたら、フランスのビストロみたいに「今の季節おいしいものだけがちゃんと揃っている」ということがわかり、食べる前から期待感でみんな盛り上がりました!

そして各種のパテ、野菜のチャツネ、酢漬け、ゆでいものつぶしたの…これは普通のポテトサラダのように見えるのですが、煮たタマネギでも加えたのか野菜の甘みが入っていて

「どうしてこれおいしいのかしら!」

と何回も口に運んでしまう不思議なおいしさでした。

e0203829_1235236.jpg


テーブルに座った9人のうち「飲みます!」と手を挙げた6人で、白を一本、赤を一本開けたのですが、白がすでに美味しくて変えるか変えないか迷うぐらいでした。ベルギーだったらきっと変えないでもう一本同じのを、という方向に進んでいたと思うのですが、ここはたまにしか来られない日本。わたしはお肉が出たところで「この店はどんな赤があるのか!」知りたいばかりに赤も一本頼むことにしたのです。

e0203829_1245730.jpg


おいしい料理とおいしいお酒のお陰で、知り合いになったオルガニストの皆さんのお名前を忘れてしまいました、ということのないように、手帳の一日ページに昔懐かしい「サイン帳」をみなさんに書いて下さい!と図々しくお願い出来たのも、酔っぱらっていたからでしょうか。

高瀬佳子さん。以前からセシリアさんの名前でヴァーチャルなおつきあいのみさせていただいていたのですが、こうしてお食事の席では隣に座っていろいろ話せました。子育てをしながらお仕事を持ちながらオルガンの勉強を続けていらっしゃいます。「またいらしてくださいね!」と書いてくれましたが、仙台のオルガン界の「お母さん」のような方にお見受けしました。

小野なおみさん。竹佐古さんが「可愛い方です」とおっしゃっていたとおり、お人形さんのようなかわいらしい風貌のオルガンの先生。「歌を感じるオルガンの演奏」と評していただきました。そんなこと言われたのは初めてだな012.gif嬉しい041.gif「サイン帳」を見ると自分の肉筆に似ています。もし住んでいるところが近かったら仲良くなりそうな気がしてしまいました(子供みたい)。どんな演奏されるのかな〜聴いてみたいです。

竹佐古真希さん。今回の講習会では、ひとり何役も淡々とこなし、弾くときは堂々、話すときは細い優しい小さな声。賛美歌と奏楽曲のスペシャリストでオルガンの先生。自分から自分のことを一切お話されない不思議な方なので、私から見た竹佐古さんの像はそんな感じです。Deepで楽しい日々であった、と書いていただきました。それはいったいどういう意味だったのでしょうか…彼女のブログでは「(桃代さんは)半分ベルギー人」という描写もありましたが…ふふふ…もっとお話したかったな…竹佐古さんの歩いている姿が私は好きです。

この3人の仙台のオルガニストの方たちにお会いして感じたのは、みなさん個性的ということです。ぜんぜん似ていない。でも柔和です。この柔和さは関東以西では得難いキャラクターか…(すみません)。オルガニストはたまに「美人だがキツそうな感じ」と評されるようです。それは東北には当てはまらない。という感慨を持ちました。皆さん「教会学校の元気な女教師」的な、はつらつとして、親しみやすい空気を醸し出していらっしゃいます。

だから私は楽しくてすっかり酔っぱらってしまったのではないか023.gif

ひとつ言えることは、東北のおいしいものを飲み食いするにはわたしはまだまだ修行が足りないということです。何の話だったのかは思い出せないのですが、私が

「自分は色だけは白いです!」

と叫んだら

「今は真っっ赤ですっ!!」

と大笑いされたのです(そうかな、と思って後ろにある鏡を見たら、私だけ猿のように真っ赤だった)。

この発言の主は加藤千加子さん。参加者の中で最もお肌の若々しい、見るからにひとまわり年齢の低そうな彼女。いったい何のせいだったのか、とにかく一晩中私が笑い転げたのは彼女の発言が可笑しすぎたからです。こんなに面白いオルガニストの方に出会えて幸せでした。つまり、よくありがちな、オルガニスト的なまじめさが(彼女は眼鏡をかけているし、特にニッコリ、ともしないのに)全く無くて、意外な方面から笑わせてくれるというか…。彼女は名古屋からの参加で、わたしの次に遠くからの参加でした(比較出来ないが!)。「ぐうたらオルガニスト会議」を提唱されてました。次は名古屋で開催と。参加したい。「ぐうたら」って…

末次かおりさん。セシリアさんと同じく、ヴァーチャルだったのが、数年前に初めてお会いして知り合いに。それはメシアン講習会と横浜の温泉でした。鳥の歌の次にはいきなり裸のおつきあいになり、今回は横浜から前日決定で参加されました。このつぎの日に仙台駅前でレンタカーを借りてくれ、わたしが行きたかった被災地へ連れて行ってくれ、帰りの新幹線の時間が迫っていた私を駅で落としてくれたことを思うと、本当の友人のように面倒を見てくれたと思います。彼女もオルガンの先生。大学卒業時の話、結婚当時の話…ドライブしながら初めていろいろな話を聞きました。本当の友人のように、と書きましたが、多分お会いしたのはこれでまだ3度目なのです。ひとことで言うと年齢不詳の方です。ぱっと見たときにふわっとカールした前髪の下の笑顔に吸い込まれます。子供のように可愛い笑顔の次の瞬間には、しゅぱ〜。とタバコの煙をくゆらせる、その不良的なかっこ良さも非オルガニスト的なのではないでしょうか。写真ではマスコットのくまちゃんで遊んでおられますが、この方もバッハを、フランクを弾くんだなあ〜と(お聴きしたいです)…。

川越聡子さん。この方も肉筆の字から想像すると…かなり仲良くなれそうな予感003.gifそれにしてもバイタリティーのありそうな、頼もしい感じのオルガニスト。宴会後半ではiPhoneに耳がくっつきっぱなしでかわいそうでした。所沢からわざわざ参加されていたのに、しっかり携帯にはSOSが着信しつづけているようでした。まるでうちの夫のようだとちょっと心はベルギーにさまよったぐらいです。合唱団のお世話や、教会で次々にある行事のお世話をしていると本当に一年はあっという間。そんな活動的な毎日を送られていると察しました。「演奏のテンポ、のりが、すごく自分の趣味と合うんです!」と言っていただきました。そういうコメントはとても珍しいです。「素敵」とか「素晴らしい」とか言っていただけると演奏家はもちろん嬉しいですけれど「この曲はこのテンポ、このノリしかない!」という風に、「ややかたくな」に煮詰めるタイプの自分は、どこで弾いても素敵もくそもなく「桃代節」。バッハ先生ごめんなさい…修行を重ね、自分を通り越してバッハが表面にガンと出る、そういう境地にいつか立つことを夢見ていますが、ロビヤール先生の「良いオルガニストはオルガンもヴァイオリンのように自在に扱えるんだ。」という教えを今はまだ追求中なので、曲想、曲の流れが自分の演奏の最大のポイントになっていると思います。その点を鋭く指摘してくれるのは、やはり同じ道の者。またおしゃべりしたいです。

この3人は東北のオルガニストではないながら、東北に縁故のあるらしいオルガニスト。

オルガニスト番外編、林巌先生。牧師先生は、厳密には「酒盛り」には参加されませんでしたが最後までおつきあいしていただき、「うちの10歳の男の子たちにももっと練習させます」と、サイン帳に書いてくれました。これはどこの男の子たちのことか?お訊きするまえにお別れしてしまいました。教会の男の子たちがオルガンかピアノを習っているのでしょうか?息子さんがいらっしゃるのでしょうか?10歳の男の子たちに練習させるのはとっても大変な仕事です。頑張っていろいろ励みになるような機会を与えてあげてください!オルガンの周辺で、大人が楽しくいろいろやっていれば、子供も音楽を糧に成長することでしょう。

番外編その2は江連紀子さん。この方はオルガンを演奏されるのかどうか訊きそびれてしまったのですが、ぱっと見たときに幼稚園の先生、のような印象を受けました。あとで、次の日の講習会が行われた北三番丁教会の牧師夫人、ということを聞きましたが、普通にされているお顔が「笑い顔」なのが素晴らしいなあ、と思いました。この方も柔和な方なのだと思います。ベルギーについて、わたしのブログを見て想像して下さっている、と書いてあります。私はベルギーというのはどういう国だと思っているのかなあ?と、自分を通したベルギーの姿を逆に想像してしまったコメントでした。ベルギーは私にとっては「保護してくれる国」。角がない。隣国の大きな国々、フランスやドイツ、イギリスやオランダに比べると「まあ、そういうこと言わなくてもいいんじゃないの〜」というノリで、批評を好まない国です。基本的に他人に干渉しない。かと言って、柔和か?というとそれはない。なんでそう原始的なの?と思う人がごろごろいます。勝手。堂々と、とんでもなくひとりよがりな。ベルギーがそうだとしたら、半分ベルギー人な私は何なんだ…と考え始めると話がまた長くなるのですが…

e0203829_361057.jpg


(宴会が始まる前に記念撮影)

この日、ホテルに帰ってから皆さんのサイン帳の書き込みを読ませてもらって、ここの教会オルガニストの方たちとつながっているような気持ちになれたのは、こうして講習会をもう31回も行って来た東北教区の方たちが、「つなげつづけて」来た歴史のお陰です。竹佐古さんも高校時代にこの講習会に出席したことがきっかけでオルガニストになったと言っていました。

温泉で始まった一日、こうして心もほかほかにしてもらって眠りについたのでした。
(みなさん今日は実名で登場していただきました。みんなプロだからいいよね?もし気になる方はご連絡くださいね)
























にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2012-09-18 03:13 | 鍵盤楽器

仙台での講演と演奏会

一日が午前0時に始まるとするならば、7月26日(木)は就寝前に入った温泉の中で始まりました。(いいなあこんな滞在!)
朝起きたら体は軽く、昨夜の食事にもかかわらずすっかり空腹になっていました。

朝ご飯はバイキング(いつも思うのですが、なぜここで海賊を思い浮かべながら獲物を探しに行く気分にならなければいけないのか)。

温泉卵、小さいいろんな焼き物に、「はっと汁(ニョッキみたいなのが野菜とともに入っている)」、菜っ葉ご飯。
昨夜は麦ごはんでしたが、きょうもお米、おいしい。
すべて、実においしかったです。朝からこれ全部きれいに食べました001.gif

e0203829_1922862.jpg


飲み物のカウンターには、陶器のカップの横に紙コップとフタも用意してあったので、ありがたくコーヒーを一杯お部屋に持って帰る。これから勉強、というときにこれがあるとやる気が出ます。同じカフェイン効果でもナポレオンの兵隊さんより楽だしなあ、とか、思いながら。

まず昨夜の練習の録音を聴く(聴くのにもやはり1時間半かかる)。こういうとき、はげしく独り言を言う。自分突っ込み。誰もいないからいいけど…

それから講演の準備。
プリントの内容は「ヨーロッパ音楽の歴史の中のベルギーとその音楽家の歴史」というものなので、カタカナの固有名詞の多いこと。手書きのノートでは、全部オリジナル表記で書いてあったのを日本語表記ではどう書くのか調べて要約し、プリント用に文章を整えていたのですが、それが未完成だったので締めくくる。あとは話すとき、どこでプリントの表から脱線するかを検討し、印を付ける。時間がなかったら寄り道しない件にも印をつける。ぱっと見てわかるように、手書きノートに色分けしてある固有名詞(個人名はブルー、年代は黄色、キーワードはピンク)を適当に見て、日本語で普通にちゃんと言えるか練習。。。これは瞬間芸なので、ゲーム感覚でぱぱぱっと出来るように、ウォーミングアップ。同時通訳のバイトを(むかーし)ちょっとやっていたころの「朝練」の要領…?

これが10分の1ぐらいに要約されて
e0203829_2291188.jpg


こうなる。でも脱線など、より細かく話すときはページ番号を見て上のノートに戻る。ここで正しい日本語の読み方がすぐ出てこないとかみかみになってしまう恐れ大。
e0203829_2304795.jpg


ちなみに文献は3つあり、

やや独断と偏見の気があるが大変おもしろい、
1。フランソワ=ジョゼフ・フェティス(François-Joseph Fétis)の「ベルギーの音楽家たち」
e0203829_2391329.jpg


出版物みたいによく網羅できている、
2。ジャン・フェラールのブリュッセル音楽院での授業資料、「オルガン音楽の歴史」
e0203829_2405059.jpg


そして日本語でよくまとめられている、
3。ベルギーの歴史。(このサイト、今、これを書くために確認したら、なんとベルギービールのサイトでした。ベルギーのオルガン音楽を知るためにベルギーの歴史を振り返るわたしたちと同じように、ベルギービールを知るためにベルギーの歴史を振り返る人たちもいる。素晴らしい。これは、ビールの歴史もちょっと読んでみたくなります。)

さて、講演上の注意を自分で心にメモ。
昔から「蚊のなくような声」なので、
・マイクは近めに。
早口なので、
・きちんとゆっくり喋る。
始まるとあっという間なので、
・たびたび時計を見る。

それから忘れ物がないかチェックし、荷物を用意し、徒歩で青葉荘教会へ。

あと必要なのは「水」ですが、ちゃんとお弁当とお茶を渡していただき、控え室で講演の練習の続き。オルガンで説明するのではなく、皆さんの前にただ座って講演をするのは初めてなので、どうも演奏会の練習と同じようにしか「練習」出来ないのですが、とにかく。

そういえば、着いたときに参加者が続々と集まりつつある受付で、
「国分です」
と言ったら「えええええっっ!」と驚かれました。
それから、
「国分先生ですか!失礼しました!」
とおっしゃったので、普通はもっと先生らしい方を招んでいらっしゃるのに違いない、と竹佐古ディレクターの英断に頭が下がる思いでした(この方はいったいひとり何役されているのか?!)。

そして、開会礼拝が1時からということを忘れていた私を控え室に呼びにきてくれた竹佐古秘書。この時も、ぎりぎりに渡したプリントをちゃんと印刷してくれたときも、さりげなくこちらの不備をカバーしてくれます。(「なにやってんですか」と言ったりはしない)

その数分後にはオルガンに上がって開会礼拝の前奏を始めた奏楽担当・竹佐古嬢。すごい。聴いたことのない面白い曲でした。わくわく感の盛り上がる選曲!それから詩編81の2節から6節を読み、仙台愛泉教会の上野和明牧師による「授けられた定め」という短い説教がありました。この詩編は、はじめこそ

・…力の神に向かって喜び歌い…喜びの叫びをあげよ。
・…琴と竪琴を美しく奏でよ。
・角笛を吹き鳴らせ、新月、満月、わたしたちの祭りの日に。

と、楽しく、詩編お約束の「音楽しなさい、の歌詞」になっていますが、
そのあと、

・…これはイスラエルに対する掟
・…ヨセフに授けられた定め。

「これは命令です。」というような有無をいわさぬ厳しい文句が続きます。

上野牧師は、これを鑑み、説教で「なぜ礼拝の最初と最後に歌を歌わなければいけないんだろう?」という根源的な疑問を提起し、キリストより更に古いギリシャの最初の教育機関で、ふたつの基本科目(『ことばを自由に操るための勉強』:国語と、『計り構築するための勉強』:算数)が必修になっていたことから、「ポエムで書き表し、数字でもあるところの音楽に乗せて総合的に表現できる」歌による教育的効果の大きさについて歴史的に話してくれました。

その重要性ゆえ、「掟」として歌い続けられている神への讃歌。

まあ、詩編も旧約聖書の世界、筆致が時として「野蛮」なため、新約の一番大事な掟、
「愛を持って…しなさい」
以外の掟はなんとなく額面通り受け止めないことも多い私。
講演の前に、教会音楽に携わる者すべてにとって根本的なお話を聞けて、初心に返れました。
皆さんの心もひとつになったところで講演の時間になったので、素晴らしい流れだったと思います。

(講演でも演奏会でも日常的には会議でも、お祈りや短い礼拝で開会すると、心が謙虚になり良い会になります。でもそうしたことを私はよく忘れているので、このことを心に刻みたい。)

さて、竹佐古司会者に紹介していただいて話し始めると、時間はあっという間にすぎ、予定していたピーター・コルネの名前までたどりついて、終了。咳も出ず、目にごみも入らず、途中で泣き出す赤ちゃんもいず(これは今回はあり得ないので冗談ですが)…感謝。

よし、きょうは、あとは弾くだけ!と心は快活になりました。

横浜からはるばる参加して下さったオルガニスト、末次かおりさんと再会を喜び合い、さっそく「明日の午後ふたりででかけない?」と訊いてみる。ホテルに帰ってシャワーを浴び、お弁当を頂き、寝て、着替える(こうして書くとあわただしいな)。

教会に戻って小一時間練習。最後の前奏曲とフーガ以外(長いので割愛)少しずつさらう。ここの音響に耳は慣れたと思う。しかしペダルが放射状!懐かしいイギリスのようだ!でもこのような楽器は太西洋のベルギー側には滅多にない。私の足には17年振りぐらいになるため、右足のソの音が迷子になりやすい。そして一番の問題は鍵盤が強い力で指を押し返してくること。ゆっくり入る装飾音を弾くとき、いつも通りに弾くと、可憐な感じにしたいのに、ちゃきちゃきの音が返ってくる。トリオでもアクセントを最小限にして弾きたいのだが、押し返しの強さに粘った指のままでは次の入りの音も重くなってしまいがちなので、音の入りは優しく、音の出は重めに、最後まで調整を重ねる。そういう葛藤をしているのは私だけかもしれないのですが、とにかく私が弾いたことのある楽器の中では、その点が普通と違う、特徴のある楽器でした。

というようなことも、7時少し前には全部忘れ、2分ほど水平になり肝臓を休ませました。これはむかしB型肝炎にかかって以来行っていることで、ただのジンクスです(だと思う)。肝臓が休まると心配事は全部消え去ります(のつもり)。

弾き始めると時間はあっという間にすぎ、…

(なんだか聞いたことのある…)

演奏会後にびっくりしたのは、カンバーランド長老教会で知り合いの奏楽者のひとり、鈴木千恵子さんの旦那様が、いきなり
「ナオさんですよ〜!」
と言いながら向こうから普通に歩いて来たことです。関東にいるはずの人が、と
「えっ!え〜!?どうして?」
と目をこすってしまいました。
話を聞けば、ひと月の間、あの隣の「エマオ」でボランティア活動中とか(前回の記事参照)。お年は65歳をこえてらっしゃるはずなのに、なんて活動的なのでしょうか。教会にはボランティアの方が多く宿泊されていることは聞いていたけれど!

それからわたしのCDを日本で流通して頂いている会社の仙台出張に合わせて、来てくれた岸さん。この日のCD販売は自宅のストックを持参したのですが、日本用の説明印刷文を無料で着けて、セロハン梱包してくれました。マーキュリーさん、チャリティー演奏会の意図に賛同してCDを購入して下さったみなさん、教会の皆さん、どうもありがとうございました。

いろいろ長くなったので、7月26日(木)後半は、次の記事でここで出会ったオルガニストの皆さんについて書きます。



にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村
[PR]
by momoyokokubu | 2012-08-11 02:49 | 鍵盤楽器

東北のオルガニスト(2)| Les organistes de Tohoku (2)

7月25日(水)、東京駅から昼前のやまびこ号に乗り込んで初めての仙台へ。
おべんとうは東京駅で買った「夏こまち」。

e0203829_1222966.jpg


しらすご飯に豚しゃぶの梅和え…。ご飯+6品…。

食べていたら携帯メッセージが来ていることに気づきました。
「改札のあとエスカレーターを下りて、右側に出ると白い車」が待っていてくれるという!
二日前に新宿で初対面した竹佐古真希さんは、今回の東北教区・礼拝と音楽研修会の「まとめ役」のような存在です。地図を携えて、教会までは自分で行くつもりにしていましたが、
「雨が降っていますから」
という優しい理由をつけてお迎えに来てくれました。

e0203829_1385492.jpg


e0203829_1395889.jpg




メッセージ通りに改札のあと下りて右側に出ても、「なぜか」会えない、という状況は「私の場合」よくありますが、短くも的確なメッセージのお陰でしっかり会えました。この時点で
「今回の旅行は大丈夫」
な予感が。
(注:「私が」大丈夫ということです)

車に乗り繁華街を通り抜けながら
「絶対に自力では教会まで行けなかったと思う…」
という確信が芽生えた。雨が降ってて良かった025.gif

教会での練習時間には早いのでホテルに荷物を預け、先にもうひとつの教会へ。
細い道を走って仙台北三番丁教会に着くとき、停めるところがあるかな?と思っていると教会の真横にちゃんと駐車場があった!小さい教会のように見えるのに、驚きました。更に外観もかわいらしいなと思っていると、竹佐古さんが
「結婚式を挙げた教会です」
とおっしゃる。牧師の娘にして牧師夫人なので教会で結婚されたのは当然のなりゆきと思われますが、わたしの頭の中にはメルヘンのような木立に囲まれた教会での楚々とした式の図が広がっていました。既に心を洗われたような気分で下駄箱に靴を入れます。

板張りの会堂内には懐かしいような木漏れ日が差し込んでいて、中も外も木に囲まれているような感じです。ポジティフオルガンのケースには手書きの注意書きが置いてあり(「パイプオルガンはビミョーです。触らないで下さい」)、竹佐古さんと大笑いして、「来たことのない場所にいる」という緊張が吹き飛びました。

そのあと交代で写真を撮りあいながらポジティフを試すと、ペダルのカップラーが湿気のためひっかかることがあり、なるほど「微妙」の理由がわかりました。


「レミラの上で」を試奏する、オルガニスト・竹佐古真希さん。
e0203829_1402491.jpg



さて時間になったのでまた車に乗って今度は演奏会の練習がある青葉荘教会へ。

e0203829_1452455.jpg


この教会は昨年行ったオランダのホフラーン・プロテスタント教会を彷彿とさせる、がっしりとした西洋建築!

そして、オルガンも後ろのバルコニーに設置してあって、まるでヨーロッパ。

e0203829_146178.jpg


仙台北三番丁教会からこの青葉荘教会に来るまでのあいだ、あちこちに教会の塔や、キリスト教会の看板が見えたので
「まるでブリュッセルみたい!」
と驚いていたのですが…仙台は想像以上の「クリスチャン大都市」だったみたいです!

音決めの練習を2時間して、竹佐古さんにレジストレーションを実際に弾いてもらいました。その作品を、そのテンポで弾いてもらえるとどんな音なのかはっきりイメージがつかめるので本当に助かりました。普段は夫が来て一緒にやる、というのに慣れているのですが、竹佐古さんはどの曲も初見をしてくれるし、「もっとおそめに」とかいうのもきいてくれる。そして明日は譜めくりもして下さる。このあたりから
「今回の旅行は大丈夫」
なだけではなく
「竹佐古さんのアテンド最高かも053.gifすっごくいい演奏会できちゃうかも060.gif
と期待が高まる。

休憩に近所のコンビニにでも、とコーヒーを買いに行こうとすると、
「出て右に行くとありますよ」
とさらっとひとことおっしゃって開会礼拝の伴奏練習に入る竹佐古さん。

出て右に行くと迷子になる予感を抱えつつも、降り出した雨を追い越すような勢いで角まで走ったらそこはコンビニだった。恐るべし、竹佐古さんの「短くも的確なメッセージ」!

おむすびとコーヒー、「仙台マップ」という小冊子を買って、コンビニで雨宿り。
しかし止まないので、黒い折り畳み傘も「日本製の傘」というだけで喜ぶ夫のお土産になるからいいか、と急遽購入して、教会へ帰る。道を渡って正面に進む代わりに右へ行く私。傘に隠れてひとしきり歩きふと見上げると、見覚えのないホテルがある。ちょうど通りかかった人に
「すみませ〜ん、青葉荘教会はどこですか?」
と訊くと、
「あ、知りません…じゃ、調べます!」
と、なんとその場でスマホ検索!ポケットから地図も出して来て3分後には
「ここですね!」
と教えて下さった。
なんと親切なお人であろう。
というより、
なんと親切な「お国柄」であろう、ということは、三日間を通じて感じたことです。

教えてくれながら
「しかし、何でしょうね、『エマオ』って…?」
と、地図の教会の隣に記載されたエマオを指してわたしに訊く。(リンクにあるように、東北教区被災者センターのことでした!)
恥ずかしながら、私もひとことで言っていったい何であるのか、その時はまだいまいち把握していなかったので、
「イエス様が復活したあと弟子たちに現れた町の名前で、なんたらかんたら」
とその名称の「由来」だけをしつこく説明して更に彼を拘束するのも怪しい行いのように感じ、
「うーん、何でしょうね…」
とことばを濁し(駄目ですね…)、お礼を言ってお別れすると、雨はすっかり止んでいた。

(結局2週間の日本滞在で、傘を使ったのはこの10分だけ)

今度は練習を録音しながら1時間半ほどオルガンを触らせてもらう間、竹佐古記者は既に練習風景をFBに載せておられた。さらに昔ミクシーでヴァーチャルな知り合いになった「セシリアさん」も間髪入れずにコメントを入れて下さり、「ベビーシッター確保できれば一緒に夕食できるかも」…などと、トントン拍子に話がまとまったようで、わたしが弾いているうちに宴会会場、決定。素早い!

ホテルにまた竹佐古運転手に送ってもらったあと、急いでシャワー。着替えてさっぱりしたところで、待って下さっていた車に乗ると、隠れ家的な和食屋さんに到着。

ここから先はめくるめく東北の美味の世界が待っていたのでした…


地元のセシリアさんと竹佐古部長がオーダーして下さるものなら、自分は何でもオーケーです状態になり、おいしいお酒を2種類もいただき、初めて「ほや」を見、触り、味わうという…

巨大な「がぜ」ウニをスプーンですくって食べるという…

e0203829_2425723.jpg



手作りのイカの塩からをほぼ一人で完食するという…

ブイヤベースもびっくりのあら煮を食するという…

e0203829_2432677.jpg



さて、板前さん(?)のお話によると、「ほや」は貝ではない!もともと白い小さな魚なのが、岩と出会ったあとそこに吸着して変体し、取り込み口と排出口以外見た目タコの吸盤のような、でもさわると案外レゴみたいな感触の丸みのあるとげとげを体中に発育させる…
e0203829_2415574.jpg


それが丁寧におろされて出てくると…
e0203829_2423166.jpg


写真だと薫製のカモのようにも見えますが、味はみずみずしく、きゅうりのような苦みのある、しかしお酒と塩をふりかけたのかと思うような…

最後に宮城産・メルヘンというかぼちゃの煮物、お水を入れずに炊いたお味はほとんどデザート…


…なんだかすべてのことばは「…」と、無に吸い込まれて行くかのような、述語が不必要なような、おいしいおいしい時間が2時間続いたのでした。

客人(まろうど)という青葉区春日町のお店です。(また行きたい)


この時点で、「今回の旅行は大丈夫」どころかわたしはもう満足して東京に帰ってもいい気分でしたが、竹佐古姉さんにはもちろんそうは言えず。それでは明日!と、セシリアさんとも旧知の仲のごとくお別れしました。

(「東北のオルガニスト」シリーズ、続く。予告…登場オルガニストは一挙に増えます060.gif






































にほんブログ村 クラシックブログ 鍵盤楽器へ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ ベルギー情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 音楽ブログ 音楽活動へ
にほんブログ村



035.gif

035.gif
[PR]
by momoyokokubu | 2012-08-09 03:04 | 鍵盤楽器