おるがにすと・クロニクル Chronicle of an Organist

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色とりどりのブーケ

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4歳で小学校の幼稚科に入ってから、中学まで同じ公立の学校に通っている娘には、小6までふたごのように仲良くしていた女の子がいました。

幼稚園年少組のときから、たまにはケンカしながらも「切磋琢磨」して、クラスのみんなを牽引してますと先生に言われていたふたり、小6まで、ついにクラス替えでも「ふたりを引き離さない方が良い」という学校の好意で常に同じクラスで勉強しました。

2年ごとにクラス替えがあるのに、「そういう教育方針もあるんだ。」とわたしには新鮮でした。

そのお陰か、娘も親友のSちゃんと本当に存分に遊んだり勉強したりけんかしたりしたと思います。
ほかの友達もみんな大事な仲間たちだったとおもうけれど、学校ではたった一人「同志」がいると行くのが楽しくなるものです。行きたくない日でも、Sちゃんに会って元気になる。そういう関係でした。

中学に上がるとき住所が近い子が優先になったので、Sちゃんは違う学校になってしまい、少し疎遠になりましたが、わたしたちも小学校の間中、登下校は保護者同伴だったので、お父さんお母さん、おばあさんとも親しくつきあいが続いていました。


でも、6月14日に、Sちゃんの心臓は急に止まってしまいました。

水泳のクラブ活動中のことでした。

誰も、ご両親も想像もしていなかった出来事でした。

お父さんが、プールサイドから飛び込んで、Sちゃんを引き上げたのだと聞きました。

一体何があったのか?

まだ検査の結果が出ていません。

それを待つ時間も無く、昨日はSちゃんのお葬式でした。

わたしたちの職業では、毎週のようにお葬式の依頼があります。
そして電話が来たら3日後には演奏するということで、曲や典礼を急いで打ち合わせます。
家族や、神父さんとの話し合いが遅れると、当日初めて楽譜をもらって伴奏するものも中にはあります。

でも、近親の家族が幸いにみな元気にしているわたしと夫の場合、Sちゃんのお葬式は今までで一番辛い式でした。こんなに準備するのがつらかったことはありません。

お父さんとお母さんが気丈で、Sちゃんの好きだった曲や、最近ピアノで習って弾いていた曲など、メールや電話で打ち合わせして、オルガンで弾けるように楽譜を準備しました。

金髪で、カラフルな服が大好きだった元気なSちゃんのために、出席者は全員色彩豊かな格好をしていくことになり、トワイライトの「ベラの子守唄」とバッハの3声のシンフォニア・イ短調を練習し、娘と、宮崎駿の映画「耳を澄ませば」のカントリーロードのシーンを20回ぐらい観て音を書き取り、日本語のままの歌とオルガンとヴァイオリンで弾けるようになんとかぎりぎり練習して、当日は土砂降りの中、駅からタクシーで往復してもらってお友達みんなで教会に集まった。色とりどりの衣装。様々な色の花をいくつかのブーケにしたものが、車にも、棺にもつけてありました。


式のことを思い出そうとするとなんだか涙でかすんでしまってよくわからなかった、という感じですが、お父さんもお母さんも最初と最後にしっかりお話をされ、さまざまのお友達も手紙を読み、たくさんの馬に乗った少女たちに先導されてお墓まで長い長い行列をし、お花を捧げ、最後のお祈りが終わった後、彼女の中学校の体育館でサンドイッチと飲み物が出され、みんなで少し喋ってSちゃんの写真のスライドを見ました。



小さい姿の娘とSちゃんは、しょっちゅう一緒に写っていて、もう今では遠い遠い昔の思い出のような、楽しい楽しい時間を追体験しました。



お父さんが、

「この子は、こんなにやりたいことを全部して、楽しい体験をたくさんして、そして一番好きな課外活動をしている最中に天に召された。自分たち、家族は、彼女と共に暮らした毎日、一刻一刻が喜び以外の何ものでもなかった。後悔することはまったくありません。もう一度、この子との人生を最初からやり直すとしたら、一字一句変えずに、「句読点」の位置さえも変えることなく、やり直せます。」

と語った言葉が、今も胸に鐘のように鳴り響いています。

まだ泣きべそをかきながら、娘も、わたしたちも、新しい人生に入ったような気分になる。





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by momoyokokubu | 2011-06-21 22:00 | 家族生活